脱北者たちは、「風船を拾うと厳罰に処せられるが、ビラと一緒に送られてくるポルノやお菓子を目当てに、夜中こっそりと拾い集めた」「ビラには、具体的な脱北ルートや連絡先などが書いてあり、それを信じて脱北した」などと口にしていた。
このような風船によるビラ配布は主に脱北者や人権活動家が行っており、ポルノ動画やK-POPが入ったUSBをビラと同封したりして宣伝効果を高めていた。20年6月、北朝鮮は開城市の南北共同連絡事務所を爆破するという暴挙に出たが、この背景には前月に脱北者団体が金正恩体制を批判したビラを風船で打ち上げたことが背景にある。
中国には背かない北朝鮮のレトリック
これまでの流れから、北朝鮮は日中韓首脳会談の共同宣言に対する反撃として汚物風船を打ち上げたように見えるが、そうとはとらえられないように、彼らは巧妙なレトリックを準備していた。
日中韓首脳会談2日前の25日、「国家の主権と安全・利益を強力な自衛力で守り抜くだろう」という国防省次官の談話を発表し、「最近、われわれの国境地域でビラと各種の汚らわしい品物を散布する韓国の卑劣な心理策動が甚だしく行われている」と韓国を批判した。
加えて、同様のものをソウルなどに散布して、「取り除くことにどれだけ労力がかかるか直接体験することになるだろう」と警告していた。
このように北朝鮮の公式発表を見ると、共同声明に盛り込まれた「朝鮮半島の非核化」への反発と汚物風船はリンクされていない。だが、筆者は、ここに北朝鮮が得意とするレトリックが隠されていると見る。
つまり、朝鮮戦争でともに戦い、長年政治的な後見役であった中国に腹は立っても、拳を振り上げることはできない。だからこそ、共同声明を批判する談話で、「最も敵対関係にある韓国がわれわれの主権的権利を否定し、違憲行為を強要しようとすることこそ」と、あたかも韓国から宣戦布告されたと論じたのだ。
もし、北朝鮮の反撃が韓国のビラ風船に対するものなら、脱北者団体が5月10日に打ち上げた直後に反撃していたはずだ。
そして、このようなレトリックと反撃の背景には、ロシアとの蜜月関係に自信を深めた北朝鮮の態度が現れている。
北朝鮮は昨年9月の朝露首脳会談以降、ロシアに対してウクライナ戦争で使用する砲弾や短距離弾道ミサイルを提供し、その見返りとして、ミサイル開発技術を獲得している。
それを裏付けるように、日中韓首脳会議直後の27日夜の偵察衛星打ち上げに使われたロケットには、ロシアから提供されたエンジンが使用された可能性が大きいと指摘されている。また、プーチン大統領の返礼訪問も近く計画されており、いまや朝露関係は過去最高の状態にある。