2024年7月16日(火)

Wedge2023年8月号特集(少子化対策 )

2024年6月7日

 奈義町の高い出生率は、こうしたさまざまな子育て支援策を20年以上にわたって町全体でアップデートし続けてきた努力の賜物だ。メディアは〝奇跡〟と礼賛するが、むしろ〝必然〟というのが正しいのではないか。こうした支援策を利用した町民が無理のない子育てを実現し、日々の交流の中で「なんとかなる」という空気感と安心感が広がる。そしてそれらが新しい命の誕生への後押しとなる──。奈義町にはこうした目に見えない好循環があった。

 奈義町以外にも成功例はある。石見銀山に抱かれるようにある島根県大田市大森町は、人口約400人の町だが、10年ほど前から若い世代のU・Iターンの増加によって「ベビーブーム」が起きている。実は、この背景には地元企業の存在がある。衣食住といった暮らしにまつわる事業を展開する石見銀山群言堂グループがその一つだ。 

 大森町にある本社では、社員約60人のうち、3分の2がU・Iターン者というから驚きである。代表取締役社長の松場忠さんは「いい地域をつくればおのずと人は増えていくもの。子育てをしながら働く人にとって、いい地域となるには、制度や施設も時代に合わせて最適化を図っていくべきです。この町で根のある暮らしをつなぐ企業として、そういった進化を後押しするのも役目だと思っています」と話す。

 松場さんの妻で大森町出身の奈緒子さんも、「いい地域づくり」に一役買っている。進学を機に上京、忠さんと出会って結婚をし、東京で第一子を出産したが、「東京での育児は本当に孤独でした」と当時を振り返る。心労が重なり、「育児うつ」状態にもなった奈緒子さんは、東日本大震災を経て、家族で大森町に戻ることを決意した。

 この町に帰ってきて10年以上がたった松場夫婦には現在、5人の子どもがいる。奈緒子さんは、今、笑顔で子育てができている理由について「『そんなに気を張らなくても子どもは育つよ』と子育てを卒業したおばちゃんが言ってくれたり、3人目の産褥期に、散歩に行きたがる長女と玄関ですったもんだしていたら、近所のおばあちゃんが連れて行ってくれたこともありました。助けてほしいときに町の誰かが助けてくれたんです」と話す。

 そんな経験をした彼女が「この町になじみのある自分のような人だけでなく、Iターンの子育て世代と町をつなぐ架け橋になりたい」と15年に立ち上げたのが子育てサロン「森のどんぐりくらぶ」だ。月1~2回、さまざまな企画を通して子育て世代の交流の場を設けている。奈緒子さんは言う。「保護者が主催者なので、自分たちがやりたいことをやって子育てを一緒に楽しんでいる感覚です。おじいちゃん、おばあちゃんも一緒に活動をします。こうやって地域全体を巻き込むことが、子どもたちに対する温かい空気につながると思っています」。

「森のどんぐりくらぶ」では音楽会やピザ作り、ハロウィンパレードなど多種多様なイベントによって交流を深めている(IWAMIGINZAN GUNGENDO GROUP)

 町の目指す暮らしを体現する企業と、それに共感した人々が受け継ぐ町を思う気持ち。そんな温かな空気感がこの町のにぎわいをつくっている。

地方だけでなく
都市部でも広がる新たな動き

 「ここにいたら10人でも子どもを産める。さすがにそれは冗談ですけど、ほんとにそれくらいいても大丈夫だと思えます」と話すのは、東京で3人の子どもを産み、育てた山下由佳理さん。彼女が住むのは、東京都多摩市北部に位置する京王線聖蹟桜ケ丘駅から徒歩5分のところにある「コレクティブハウス聖蹟」である。

コモンミールの準備を手伝う山下さん(写真左)と単身入居の鈴木真理子さん(写真右)

 コレクティブハウスでは子育て中の家族、一人暮らし、大人だけの世帯が共に暮らしている。シェアハウスとは異なり、マンションのようにそれぞれが独立した専用住居を持ちつつ、居住者全員が使える共用スペースを設けることによって生活の一部を共同化するという暮らし方だ。20の住戸がある聖蹟のハウスには現在、0歳から70代の大人20人、子ども7人が暮らす。

 共用の廊下やホールには子どもたちが学校や保育園で作った作品が飾られている。大人たちは共用ダイニングで本を読んだり、時には他の住人とお酒を飲んだりして過ごし、子どもたちは共用ロフトや庭で遊ぶ。月の半分ほど開催されている共同の夕食づくり(コモンミール)などでは大人も子どもも同じ時間と空間を共有している。


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