2024年7月16日(火)

Wedge2023年8月号特集(少子化対策 )

2024年6月7日

 「ここは多世代の暮らしだから、困りごとがあるのが育児世帯とは限らないんです。高齢の方に自分ができるサポートをすることもあれば、逆に子どものことを手伝ってもらうこともある。お互い様だからこそ卑屈にならずに済むのが心地よい」と山下さんは話す。

鈴木さんは日々ハウスの子どもたちと交流しており、山下家のお子さんの送り迎えをしたこともあるという(下)調理風景を興味津々で見つめる子ども

 取材中、子どもたちは共用ダイニングを走り回っていたが、その遊び相手をしていたのは、そこに居合わせた住人たちだった。ある住人は、「お願いしなくても誰かの目が自然と子どもに向いているので、とてもありがたいです」と話す。コレクティブハウス聖蹟には、居住者がそれぞれのあり方を許容し、互いに居心地のいい空間を作る〝良き隣人〟のような関係性があった。

今の時代に必要なのは
「安心感」と「選択肢」

 小さな町にも都会の中にも、子どもを暮らしの中で受け入れている空間は存在する。そういった空間では血縁関係によらず、そこにいるみんなが子どもを見守り、子どものいる暮らしを楽しんでいるように見えた。

 子どもへの温かな空気を日々、肌で感じているからこそ「自分もここでなら何とかなる」と思えるのだろう。

 だが、こうした空間の中で生まれる安心感は一朝一夕で醸成されるものではない上、子育て世代の全員がこうした環境に身を置くことができるわけでもない。仕事の都合がある人もいれば、〝ご近所付き合い〟のような近い関係性が苦手という人もいるだろう。

 そういった夫婦が安心感を得るためには、出産・育児の専門家を頼ることも、選択肢の一つになり得る。本特集のイントロダクションでも紹介した、民間の産前産後ケアセンターであるVitalité House(川崎市中原区)には24時間助産師が常駐しており、サポートが必要な時や不安になった時に日夜問わず、いつでもお母さんに寄り添ってくれる。施設長で自身も助産師である濵脇文子さんは「赤ちゃんも1年生なら、お母さんも1年生。お母さんだから育児の全てを知っているわけではありません。両親を頼ることができない人が多い中、必要なのは縦だけでなく、〝斜め〟の関係です」と、血縁だけに依らない関係性でのサポートの重要性を指摘する。

左からVitalité House事務長の植地康子さん、ディレクターの福島富士子さん、利用者の加藤優香さん親子、施設長の濵脇文子さん

 こうした専門家による〝斜め〟からのサポートが、夫婦にとって心強いことは確かだ。だが現状、民間の産前・産後ケア施設の利用料金はすべて自己負担であり、利用者の経済状況によっては、高額でハードルが高い。

 こんな時こそ、国の出番である。政府は少子化対策の予算の多くを、今回の施策の目玉となる経済的支援の拡充に充てる予定だ。だが、金銭面の支援に傾倒せず、本質的なことに予算を配分し、夫婦が安心して育児をスタートできる環境を整えるべきだ。濵脇さんは言う。「『子育ては楽しいけど大変』を『大変だけど楽しい』にしたい。そうすれば、自然と2人目も欲しいと思えるようになっていくはずです」。

 結婚も出産も、あくまで自由意思であることは論を俟たない。だが、不本意にもその機会を逃してしまう人たちが多くいるのが現状だ。そういった人たちを減らすために、今やるべきことは、若者、夫婦、子育て世代を取り巻く環境を直視して、彼らの「本音」に寄り添い、安心して出産・育児をできるような選択肢を用意することだろう。それが、「これなら子どもを育てられる」という安心感を醸成し、結果として子どもを持つことへの後押しにつながるのではないだろうか。

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Wedge 2023年8月号より
日本の少子化対策
日本の少子化対策

結婚・出産を望まないのは、若者・子育て世代のワガママであり、自分たちが選んでいること―。こう思う人がいるかもしれない。だが、経済情勢から雇用環境、価値観に至るまで、彼らを取り巻く「すべて」が、かつての時代と異なっている。少子化を反転させるため、岸田政権は異次元の少子化対策として経済支援の拡充を掲げるが、金額だけ次元の異なる政策を行っていても、少子化問題の解決にはつながらないだろう。もっと手前の段階でやるべきことがある。それは、若者や子育て世代の「本音」に耳を傾けることだ。


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