そして、最も起きそうな前進党への措置は、選挙管理委員会が前進党に対して不敬罪を見直そうとしたことは反逆行為であるとして解党命令を出すことである。さらに、ピタ党首は生涯、政治活動を禁止される可能性がある。しかし、前進党に対する解党命令は、同党に投票した1400万人の有権者に対する侮辱に他ならない。
前進党の前身である新未来党の解党がきっかけとなって何カ月間も抗議デモが続き、2000人の活動家が検挙され、起訴され、その内、270人は不敬罪の容疑であった。多くの活動家達は、刑務所に収監されていなければ、頭を低くしているか国外に逃亡している。しかし、他の活動家は、闘い続けるとしている。
平和的なデモですら軍事クーデターを行う口実とされるのでリスクが高い。しかし、ピタ党首は、民主主義を支持することやより責任のある政府を作ることを諦めるわけにはいかないと主張している。
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複雑化する既得権益と民主化の戦い
Economist誌は、既得権益層(旧貴族等の保守派と軍部)は、タクシン元首相が政治活動を再開しようとしていると見なして元首相を不敬罪で起訴し、盟友のセター首相の罷免要求の訴えを憲法裁判所が受理することで、元首相に政治活動を行わない様に釘を刺したとしている。恐らくこの見立ては正しい。
昨年の選挙で、不敬罪と徴兵制の廃止を訴えて圧勝したピタ党首の前進党の組閣を阻止するために既得権益層がタクシン元首相と裏取引をしたのは間違い無い。その結果、元首相の帰国と引き換えにタイ貢献党が前進党他の民主化を求める政党を裏切って保守派・軍部に味方して、ピタ党首の前進党の組閣を阻止した。
近年、前進党やその前身である新未来党のような民主化勢力が政治舞台に出てくる前までは、タクシン元首相が率いるタイ貢献党が王室、保守派、軍部にとり最大の脅威であったことから、裏取引には同元首相が帰国して政治活動に復帰しないという条件が付けられていたと思われる。しかし、野心家のタクシン元首相がおとなしく約束を守るとは思えないのでこういう事態が起きることは驚くべきことではなく、保守派・軍部もそれを分かっていたはずである。
この裏約束は、都市部を中心とした若い世代のタイ人に人気の高い前進党が既得権益層が拠って立つタイの王制と軍部のあり方(不敬罪と徴兵制の廃止)を根本的に変えようとする「今、そこにある危機」を排除するための、時間稼ぎだったのだろう。