米国が産業政策を強化している影響もある。ドイツの産業界がエネルギーコストの問題に悩まされているのに対して、資源国の米国やカナダは電力価格も産業用ガス価格もドイツに比べてはるかに安い。市場の規模と成長性の面でも、米国はEUを上回る。専門的な人材は豊富で、資本市場にも厚みがある。米国は先端産業の立地に有利な要素を全て備えている上に、22年に成立した「インフレ抑制法(IRA)」に代表されるように大胆な補助金や優遇措置と規制を組み合わせ、成長産業の投資誘致に注力している。ドイツをはじめとする欧州の産業界にとっての脅威は、中国だけではないのである。
米国との関係は、この先さらに厳しいものとなる可能性がある。同盟国・同志国との連携を重視するバイデン政権ですら内向き志向は強かった。大統領選挙の結果次第では、同盟国・同志国を配慮する姿勢も後退するだろう。そうなれば、ドイツの産業空洞化のリスクは一層高まることになる。
環境規制強化への反発か?
右傾化した欧州議会
ドイツと欧州の産業界の競争力は、こうした外部環境の変化に加え、域内の規制環境の変化からも圧力を受けている。6月には5年に一度の欧州議会選挙がEU加盟国で一斉に行われ、過剰な規制に批判的な右派会派が議席を増やし、環境規制強化を後押しした中道と環境会派が議席を減らした。「グリーンディール」という看板の下、19年の欧州議会選挙後の立法サイクルで意欲的に進められた包括的な環境規制への適合を求められていることも重荷になりつつある。環境規制の大幅な強化は、高インフレで購買力の低下を余儀なくされた家計にとっても負担となっている。こうした不満が議席構成の変化として表れた可能性がある。
ドイツでは、欧州議会の96の議席のうち、最大野党のキリスト教民主同盟・社会同盟(CDU・CSU)が最多の29議席を獲得、ショルツ首相の社会民主党(SPD)は16から14に議席を減らし、15議席を獲得した極右のドイツのための選択肢(AfD)の後塵を拝した。自由民主党とともに連立与党の一角を占める緑の党は21議席から12議席へと大きく議席を減らし、欧州議会における環境会派の勢力低下の原因となった。
新たな動きは、新党のサラヴァーゲンクネヒト同盟(BSW)が6議席を獲得したことだ。BSWは旧東ドイツの政権与党の流れをくむ左派党から離脱した政治家が創設した政党で、旧東独地域の利益重視を掲げる。
欧州議会選の結果を州別に見ると、旧西独ではCDU・CSUが、旧東独地域ではAfDが第一党となっており、分断線が浮き彫りになる。今年は超選挙イヤーと言われるが、ドイツでは旧東独の3州で議会選挙が予定されている。その全てにおいて、第1党はAfDであり、新党のBSWも連立与党の3党のどの党よりも多くの票を獲得した。9月の選挙の結果もショルツ政権に厳しいものとなるだろう。産業空洞化のリスクとともに東西の分断という構造問題を抱えているのが現在のドイツなのである。