2024年7月24日(水)

Wedge OPINION

2024年7月24日

グローバル化の逆回転に
日本はどう向き合うか?

 EUの単一市場の深化と拡大は、グローバル化の加速期のドイツの産業空洞化に歯止めをかけたが、逆回転期の産業空洞化のリスクを回避する鍵もEUにある。利害の対立があるとはいえ、EU加盟国は基本的にドイツと価値観を共有するパートナーであり、財・サービス・資本・ヒトの移動が自由な単一市場を形成していることは強みだ。

 欧州議会と加盟国政府の右傾化は、規制強化に傾斜し過ぎたグリーン政策の修正や、競争力低下に苦しむドイツの産業の負担軽減につながるかもしれない。EUとしての共通財源を強化する取り組みは、元々難しいとみられてきたが、熱心な提唱者であったフランスのマクロン大統領の政権基盤が欧州議会と下院選挙での2連敗によって脆弱化したことで、一層難しくなった。そのことは、逆に、域内の資本市場や銀行市場を分断している障壁を除去するような規制緩和の取り組みを促すかもしれない。

 グローバル化の逆回転は、産業空洞化を許した日本に追い風になるという見方がある。西側が、中国への過度の集中を見直すプロセスで、産業立地としての日本が再評価され、同盟国・同志国で供給網を形成するフレンドショアリングの恩恵を受けることが期待されているからである。

 実際に、在中国の欧州企業の団体である中国EU商会が今年5月に公表した最新のサーベイでも、投資計画を中国以外に移管した、ないし移管を決定したと回答した企業の割合は前年よりも増え、供給網に関しても、全体の4分の3の企業が何らかの見直しを行ったと答えている。移管先や見直し先として日本を選択した企業もある。ただ、圧倒的多数が、東南アジア諸国連合(ASEAN)ないしインド、もしくは欧州域内を選択しており、日本と回答した企業は、ごくごく少数だ。

 経常収支の構造変化が象徴する通り、日本企業は、ドイツ企業以上に、中国向けを含む対外直接投資の拡大と生産移管でグローバル化に適応し、資産を積み上げてきた。グローバル化の逆回転、特に隣接する大国の中国とのデカップリングが加速するような事態となれば、マイナスの影響は深刻なものとなるだろう。

 ドイツにとってEUとの連携の強化が重要であるように、日本は西側との連携と同時に、ASEANなど近隣諸国との関係の深化が大切だ。ASEANは隣接する中国との結びつきが強く、西側か中国かという二者択一を嫌う。大国・地域が貿易制限的な措置を競い合うことへの懸念を強めている。日本は、グローバル化の逆回転に歯止めをかけ、自由で開かれた国際秩序の維持・強化に尽力する姿勢を示すことが、信頼を獲得する上で重要である。

 ドイツでは、エネルギー問題への対応や、規制、行政手続きの合理化などがなされなければ、生産の国外移転で、ドイツ国内の垂直統合された複雑なバリューチェーンが破壊されるとの危機意識が広がっている。企業は連立与党間の綱引きで迷走気味の政府に警鐘を鳴らす。

 一方、日本にそうした危機メカニズムは働いているだろうか。政府は、グローバル経済の潮流変化に、定額減税や電気・ガス代への補助再開、ガソリンなどの燃料代への補助継続、円安への介入など、時限的措置と時間稼ぎで対応している。これでは、日本の産業立地としての魅力を高めるどころか、投資を遠ざけることになりかねない。

 日本でも、クリーンで安価で安定的なエネルギーの確保や人手不足など構造問題への本気の取り組みは欠かせない。ドイツの動きから日本が何を学ぶのかが問われている。

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Wedge 2024年8月号より
JAPANESE, BE AMBITIOUS! 米国から親愛なる日本へ
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コロナ禍が明けて以降、米国社会で活躍し、一時帰国した日本人にお会いする機会が増える中、決まって言われることがあった。 それは「アメリカのことは日本の報道だけでは分かりません」、「アメリカで起こっていることを皆さんの目で直接見てください」ということだ。 小誌取材班は今回、5年ぶりに米国横断取材を行い、20人以上の日本人、米国の大学で教鞭を執る研究者らに取材する機会を得た。 大学の研究者の見解に共通していたのは「日本社会、企業、日本人にはそれぞれ強みがあり、それを簡単に捨て去るべきではない」、「米国流がすべてではない」ということであった。 確かに、米国は魅力的な国であり、世界の人々を引き付ける力がある。かつて司馬遼太郎は『アメリカ素描』(新潮文庫)の中で、「諸民族の多様な感覚群がアメリカ国内において幾層もの濾過装置を経て(中略)そこで認められた価値が、そのまま多民族の地球上に普及する」と述べた。多民族国家の中で磨かれたものは、多くの市民権を得て、世界中に広まるということだ――


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