2024年8月13日(火)

BBC News

2024年8月13日

ジョー・パイク、BBC政治担当編集委員

「もっとひどいことになってもおかしくなかった」。イギリス首相官邸の顧問は私にそう言った。「中に人が大勢いるホテルに、火をつけようとしていたんだから」。

しかし、キア・スターマー首相は「集中している」のだと側近たちは強調する。そして、政治家になるまで刑事司法の世界に長年いた人だけに、「どのレバーをどうすればいいのか、首相は分かっている」のだと。

イギリスで大規模な暴動が相次いだのは、2011年以来のことだ。そして当時、スターマー氏はイングランドとウェールズの検察トップだった。5日間続いた当時の暴動に関して、何千人もの起訴を指揮していた。

当時のスターマー公訴局長は、裁判を迅速に進め、それを広く周知することによって、世の中の不穏な状態を収束させられると話していた。そして今回の事態を前に閣僚たちは、暴力に参加する人間を抑止するため、「強力な警察活動と素早い起訴」の必要性を強調した。

そのメッセージをどうやって国民に伝えるのが最も効果的か。政府の緊急事態対策委員会「COBRA会議」(COBR会議とも呼ばれる)ではこのことが、繰り返し議題に上っている。

パンデミックでは政府の科学者たちが、国民の前に立って政府のメッセージを伝えた。それと同様に、今回の危機では警察の本部長や検察官たちが呼ばれ、重要なメッセージを説得力をもって国民に語り掛ける役割を担っている。

いつもなら目立つ場所には立たないスティーヴン・パーキンソン公訴局長が、カメラの前に立たされた。ロンドン警視庁のサー・マーク・ロウリー警視総監も、繰り返し登場している。

それでも首相と側近たちは、7月末の殺傷事件を機にして相次いだ今回の暴動の根元にある、根本的な原因について、記者団から質問されてもあえて答えずにきた。

政府発のメッセージをこうして律してきたのには、理由があるのだという。暴動の原因について政府関係者が語り始めてしまうと、まるで騒ぎの一部に正当性があるかのように、誤解されかねないからだと。

しかし、暴力が収まり、有罪の暴徒の量刑が言い渡され、COBRA会議が開かれなくなったら、その先はどうなるのか。

「もっと長期的な課題に、取り組み始めている」と、消息筋の一人は話した。

こうした長期的な課題に取り組むこと。あるいは、そもそも何が長期的な課題なのか特定すること。これは新政権にとって、重大な試練となる。そして、政府が何をどうするのかは、暴動の影響を受けた場所をはるかに超えて、広く影響を及ぼす。

政策変更は

イギリス各地で警察車両が燃やされていた時、レイチェル・リーヴス財務相はアメリカにいて、イギリス政府の評価を向上させて投資を促そうとしていた。

リーヴス財務相は5日、極右の暴徒が警官隊と衝突する様子がテレビに映し出されても、イギリスは「安全な投資先」だという国際的な評価は傷つかないと主張した。各地の抗議行動は、「暴徒の蛮行」にすぎないとも述べた。

しかし、総選挙で圧倒的な多数を獲得した新政権のもとで、安定と秩序を強調しようとする政治家にとって、テレビに映し出されるイギリス各地の様子は実に最悪だった。

暴動の被害を受けた都市や町は、修復と復興のために公的資金を受け取るのだろう。各地のさまざまなコミュニティー同士の関係を強化する交流プロジェクトについても、検討が始まっている。

しかし、資金には限りがある。経済の見通しは厳しそうだし、リーヴス氏は財政規律派として知られる。それだけに、金のかかる第三者調査はおそらく行われないだろうと、複数の消息筋は話す。

1981年のロンドン・ブリクストン暴動の後には、スカーマン卿が率いる原因調査が行われた。しかし、2011年の暴動の後、当時のデイヴィッド・キャメロン首相とニック・クレグ副首相は、第三者調査委員会の設置に抵抗し、代わりに教訓を得るための超党派パネルを設けた。

今回の暴動では、ソーシャルメディアの果たした役割を関係省庁が検討することになる。オンライン安全法が成立してわずか9カ月だが、早くも同法の更新と強化が必要だと、複数の閣僚が認めている。

先月末からの事態で浮き彫りになった長期的な政策課題の多くは、イヴェット・クーパー内相が率いる内務省が担当することになる。

極右団体を違法指定することも検討されているが、たとえばイングランド防衛同盟(EDL)といった組織はもう10年近く、正式には存在していない。

その代わり、過激主義の生態系はソーシャルメディアによって変化し、まとまった形を持たないコミュニティーに形を変えた。今の形は前より取り締まるのが難しい一方で、前より何十万人も多くの人々と接点を持つことができる。

政府は今のところ、移民について言及するのを避けている。前述のように、騒乱の一部が何かしら正当性をもつなどと受け止められるのを、避けるためだ。

しかし政府はそのうち、合法移民と不法移民について多くの人が懸念しているのは正当なことだと、首相はそう思っているのだと、有権者にあらためて周知するはずだ。

移民のホテル滞在は次第に減らしていく。これは依然として、新政権の方針だ。ただし、前政権も同じ方針だったのだが、ほとんどうまくいかなかった。

労働党内からの圧力

議会が夏休みで休会中で、野党・保守党関係者の多くは自分たちの党首選に集中している状態で、今の事態に政策の上でどう対応するのかという圧力は主に、与党・労働党内から出ている。たとえば、ロンドンのサディク・カーン市長や、タンガム・デボネア元影の文化相などからだ。

労働党の中には、人種差別が重要な要素だと党首にはっきり言ってもらいたいと人たちがいる。あるいは貧困や、機会のなさが根本的な原因だと分析する人たちもいる。

今週、各地の裁判所で行われた公判ではたびたび、メンタルヘルス(心の健康)や何かへの依存症が、情状酌量の材料として話題になった。しかし、酔っていたから、あるいは勢いにのまれたからという動機も、繰り返し提示された。

被告人として出廷した中には50代や60代の男性もいれば、13歳や14歳の少年もいる。

内務省統計を分析すると、ここ数日に暴動の影響を受けた都市や町の多くは、貧困の度合いが高く、難民申請者の滞在が国内平均よりも多い。

イギリスの低所得・中所得世帯の生活の質改善をテーマとする英シンクタンク「レゾリューション基金」が今月6日に発表した報告書によると、地域間の格差はこの数十年間、ほとんど変わっていない。

筆者のチャーリー・マカーディー氏は、「貧しい場所は貧しいままになりがちだし、裕福な場所は裕福なままだ」と私に話した。

「地域間の平等で実質的な改善がみられるのは、ドイツだ。けれどもそれには30年かかっているし、イギリスが(パンデミック中の)雇用維持スキームに使ったのと同程度の金額を、ドイツは地域間格差の改善のために毎年、使ってきた」

それだけに、リーヴス財務相がドイツのやり方をまねするとは思えない。しかし、今回の騒乱を経て、「低所得者向け社会保障給付世帯への、児童手当支給は子供2人まで」というイギリスの現行制度に関する議論が、再燃する可能性はある。

不平等を緩和する施策として、これが最も素早い方法の一つかもしれないと、貧困問題に取り組む人たちは主張している。

現場での活動強化

総選挙を経て、労働党の下院議員は現在、実に404人もいる(下院の定数は650)。この議員たちを活用し、地域ごとの活動の中心になってもらい、各地の有権者と密接にかかわってもらうのが、コストのあまりかからない提案の一つだ。

ヒントになっているのが、2006年から2010年にかけてロンドン東部バーキングで、当時のマーガレット・ホッジ下院議員(労働党)が極右・反移民のイギリス国民党(BNP)と闘った経験だ。

バーキング行政区では2006年に、BNPから12人が区会議員に当選した。このことは現地の政治関係者に衝撃を与え、行政区と現地の労働党下院議員たちは、地元対策のやり方を変える必要性を痛感した。

「当時の大きな課題は、移民と住宅だった」と、ホッジ氏は振り返る。地元で住民集会を頻繁に開き、住民の心配事に耳を傾け、自分の選挙区の有権者の問題を解決しようと尽力したのが、当時のやり方だったという。

「私がやったことはすべて、信頼を築くために有権者との結びつきを復活させるためだった。アメリカのティップ・オニール元上院議員が生前、『すべての政治は地域の政治だ』と言ったように、私もその教えを学んだ」のだと、ホッジ氏は言う。

ホッジ氏の活動に参加した若い地域活動家のモーガン・マクスウィーニー氏は、後にスターマー党首の選対本部長となり、今ではスターマー首相の政治戦略部長だ。

騒乱の影響を受けた地域の労働党下院議員たちは、住民とかかわり、住民の声を聴くことに時間をかけなくてはならない――。マクスウィーニー氏はそう確信しているのだと、同氏に親しい人たちは話す。

マクスウィーニー氏の師匠筋にあたる思索家、労働党のジョン・クラダス元下院議員(ロンドン東部ダゲナム選挙区)の姿勢も、取り入れられるかもしれないと言われる。クラダス元議員はかねて、労働党が都会派で中産階級寄りの党になりすぎて、労働者階級に支持されて成長してきた党のルーツから離れてしまうことを懸念し、警告してきた。

今回のイギリス各地の暴力と略奪は、10日ほど続いた。スターマー首相は、家族と予定していた夏休みを中止した。

夏休みの代わりに首相は今週、ロンドン・ダウニング街の首相官邸の喧騒(けんそう)と、イングランド南東部バッキンガムシャーにある首相公式別荘チェッカーズの平穏の間を、行き来しながら仕事を続ける。

迅速な刑事手続きを進めたことで、目の前で相次ぐ暴力沙汰の発生そのものは、抑え込めたかもしれない。しかし、自分に対する審判は、根本の原因にどう取り組むか次第だと、そのことをスターマー首相は承知している。

(英語記事 Starmer will be judged on how he tackles root causes of riots

提供元:https://www.bbc.com/japanese/articles/c20lgnl5kx3o


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