2024年8月15日(木)

BBC News

2024年8月15日

スティーヴ・ローゼンバーグ・ロシア編集長

クルスク。

私がBBCの特派員として最初に書き、口にした単語の一つだ。

2000年、私はバレンツ海の氷の海に沈んだ潜水艦「クルスク」について報告した。この事故では潜水艦乗組員18人が死亡した。

ウラジーミル・プーチン氏はこの時、大統領になってまだ半年もたっていなかった。ロシアのテレビ局がプーチン氏の事故処理を非難したのを今でも覚えている。

「K-141クルスク」が沈没してから今週で24年になる。そしてまたしても、ロシアからの私の報告はクルスクという単語で埋め尽くされた。今度は、ウクライナ軍が奇襲侵攻を開始し、9日前から領土を占領しているクルスク地方だ。

同じ言葉だ。

しかし2024年のロシアは、2000年のロシアとは大きく異なっている。

現在のロシアのテレビでは、プーチン大統領を批判するような発言は一切ない。プーチン大統領の意思決定に疑問を投げかけるようなこともなく、この劇的な瞬間をもたらしたのはプーチン大統領のウクライナ侵攻であるとの指摘もない。クレムリン(ロシア大統領府))が四半世紀にわたって、ロシアのメディアとその報道の仕方を厳しく統制してきたからだ。

それでもなお、今回の出来事はプーチン氏にダメージを与えるのだろうか?

これはこの2年半の間に何度も聞かれた質問だ。

2022年、ウクライナがロシアの黒海艦隊旗艦である軍艦モスクワを撃沈した時。

その数カ月後、ロシア軍がウクライナ北東部から電光石火で撤退した時。

そして2023年、民間軍事会社ワグネルの戦闘員たちがモスクワに前進したのも、プーチン氏の権威に対する直接的な挑戦だった。

プーチン大統領はそのすべてを、どうやら無傷で乗り切ったようだ。プーチン氏は、今回の難局も乗り越えられると確信していることだろう。

しかし問題はここからだ。ワグネルの反乱は1日で終わった。

一方、ウクライナのロシア領内での攻勢は1週間以上続いている。長引けば長引くほど、ロシア指導部への圧力は大きくなり、プーチン大統領の権威に対するダメージも大きくなる可能性がある。

プーチン氏は20年半の政権運営を通じて、この広大な国で唯一、ロシア国民の安全と安心を守ることができる「ミスター安全保障」というイメージを培ってきた。

プーチン氏が言うところの「特別軍事作戦」、つまりウクライナへの全面侵攻は、ロシアの国家安全保障を高める方法としてロシア国民に提示された。

この戦争が始まって2年半が経過したが、「安全で安心」である兆候はあまり見られない。

スウェーデンとフィンランドが北大西洋条約機構(NATO)に参加し、ロシアの町は定期的にウクライナのドローン(無人機)攻撃を受けている。

それでもプーチン氏は言葉を選びながら、パニックにおちいる必要はないと、ロシア国民に示そうとしている。

ウクライナによる越境攻撃に言及する際、プーチンは「侵攻」という言葉を避けている。代わりに、「国境地帯の状況」や「起きている出来事」について話している。また、ウクライナの攻撃を「挑発」と呼んでいる。

では、ロシアの大統領は次に何をするだろうか?

プーチン氏が電話を取ってウクライナ政府と話をするとは思わないでほしい。ロシア当局はウクライナの攻撃を受け、和平交渉のアイデアそのものを保留にしたことを明らかにしている。

大規模な交渉が予定されていたわけではない。

実際にプーチン大統領は今週、「ロシア領土から敵を強制退去させる」と、自らの意図を正確に発表した。

そう明言したものの、それを実行するのは別のことだ。クルスク州に増援部隊を派遣しているにもかかわらず、ロシア軍はまだこの地域の支配権を取り戻せていない。

15日の朝、モスクワのクレムリン宮殿の前を通りかかったとき、私は足を止めた。

作業員たちがイベントのために座席やスクリーンを設置しているとき、エディット・ピアフの名曲「Non, je ne regrette rien(いいえ、私は何も後悔していない)」が大きなスクリーンで流れ、赤の広場に響き渡っていたのだ。

それはとてもシュールな瞬間だった。

プーチン大統領は、ウクライナへの全面侵攻を開始したことを後悔している様子はない。

また、侵攻開始以来、自分が下した決断にも後悔はない。

プーチン氏の公の発言が現在の心境を反映しているとすれば、彼はいまだに、この戦争の結末はロシアの勝利しかあり得ないと考えているのだろう。

(英語記事 Rosenberg: Ukraine's advance undermines Putin's image as 'Mr Security'

提供元:https://www.bbc.com/japanese/articles/cr7r2xmn1zpo


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