2024年8月15日(木)

Wedge REPORT

2024年8月15日

 「動かないで!」「騒がないで!」「ここにいて!」──。

 2024年1月1日に発生した能登半島地震で甚大な被害を受けた石川県の奥能登地域。認定NPO法人カタリバ(東京都杉並区)代表の今村久美さんが訪れた避難所では、走り回る子どもを前に、こうした大人の声が響いていたという。

 「子どもたちが自由に動き回ったり、遊んだりするのは、自然な欲求です。老若男女がいる避難所で、子どもたちの言動は目につきやすく、親は子どもを叱らないと他の方から白い目で見られますが、それは親子にとって大きなストレスにもなります」(今村さん)

珠洲市内の中学校の運動場に建設された仮設住宅。被災地で子どもがのびのびと遊び、運動できる場所は少ない(THE MAINICHI NEWSPAPERS/AFLO)

 昨年4月にこども家庭庁が発足し、「こどもまんなか社会」という社会目標が掲げられた。しかし、小誌記者が被災地で見た子どもたちの姿は、目指す社会から大きく乖離していた。

 1月3日に現地入りしたカタリバの石井丈士さんは「避難所で安心して過ごせず、不安で夜も眠れない子や、ストレスが原因で毎日嘔吐してしまう子もいました。子どもたちが周囲を気にせず自由に遊ぶことができるスペースをつくる必要がありました」と話す。

 カタリバは、地元のNPOなどと連携し、計11カ所の避難所で子ども預かり支援「みんなのこども部屋」を運営した。石井さんは「避難所では大人が幼い子どもにつきっきりになる。大人の生活再建のためにも子どもの居場所づくりは重要なのです」と話す。

 しかし、子どもの居場所がつくられた避難所はほとんどない。輪島市立門前西小学校の避難所で責任者を務めた中口喜久男さんは「目の前の避難所運営に精いっぱいで、子どもの居場所を配慮する余裕は全くありませんでした。平時から居場所の重要性を理解し、議論しておくべきです」と悔やむ。

 諸外国はどうなっているのか。避難所・避難生活学会の常任理事で新潟大学大学院特任教授の榛沢和彦さんは「欧米の先進国では、避難所に子どもの遊び場が必ず設置されます。何も対策していないのは日本ぐらい」と指摘する。12年、榛沢さんがイタリア北部地震の被災地を視察した際、子どもが遊ぶためだけの広いテントや仮設のジャングルジムが設置されていた。倉庫には子ども用の玩具が大量に備蓄されており、100時間の訓練を受けた小児臨床心理士のボランティアも投入されていた。「子どもが楽しく生活できることが何よりも重要だという社会的合意のもと、災害対策や避難所づくりがされていました」と榛沢さんは話す。

 こども家庭庁成育局成育環境課居場所づくり推進官の大山宏さんは「現行の避難所運営ガイドラインに、子どもの居場所の視点は乏しく、その存在意義やどのように整備していくべきかについて、国としてしっかりと方向性を示していく必要がある」と話す。

 被災地の子ども支援をめぐる問題は避難所運営だけではない。避難所の設置場所にも大きな問題があるからだ。

 学校は子どもにとって安心して過ごせる貴重な居場所である。だが、学校や運動場に避難所や仮設住宅が設置される光景は、能登半島地震でも変わらなかった。防災・復興政策に詳しい大阪公立大学大学院准教授の菅野拓さんは「子どもの教育を受ける権利そのものが侵害されていると言っても過言ではない」と指摘する。


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