ウクライナのロシア領内への侵攻は転換点、戦略的失態、あるいはそのどちらでもないことになるかもしれない。しかし、軍事的成功を達成すること、あるいは効果的外交を支援するに十分な軍事的収穫を達成すること、それには時として果敢なサイコロの一振りを要する。初めてのことではないが、ゼレンスキーはサイコロを振ったのである。
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ウクライナの戦略は、今年中は防御を固くすることに取り組む一方、その間にあってマンパワーと装備の両面で来年以降に攻勢に転ずる態勢を整えることにある、と西側では一般的に認識されていたと思われる。しかし、ウクライナはこの想定を覆し、8月6日、突如としてロシアの不意を突き、スーミ州から国境を越えてロシア領クルスク州に侵攻を開始した。
この侵攻は装甲車両(ドイツおよび米国製を含む)、歩兵、砲兵、電子戦機器を動員する高度に機動的な作戦によるもので、英軍筋は、ウクライナがcombined arms warfare(諸兵科連合の用兵)を立派に習得していたことを評価して「印象的である」と述べており、極めて手際よく遂行されたようである。ウクライナ軍は進撃を続け、総司令官シルスキーによれば1000平方キロを支配するに至っている。それが事実であれば、東京都の約半分に相当する。
ウクライナは次の段階でどういう動きを予定しているのか? ロシアの反撃で甚大な損害を被る重大なリスクを考慮し、プーチンに一泡吹かせたことを良しとして撤退するのか? そのような様子は見えず、選択が侵攻に要した努力に見合うようにも思われない。
ゼレンスキーは、侵攻作戦の目的として、ロシア軍がウクライナのスーミ州を越境攻撃するために使っている国境地帯を制圧して安全を確保することに唯一言及しているが――ロシアはミサイル、大砲、迫撃砲、ドローン、滑空爆弾で攻撃を繰り返している――、それだけではないはずである。戦略目的を曖昧にしておくことには利点があろうが、推定可能な戦略目的は幾つかこの社説にも書かれている。
その中では、ロシアとの和平交渉に備えて取引材料として一定のロシア領を手中にしおくという目的が最も説得性がある。特に、トランプが大統領に返り咲く可能性を考慮すれば、ゼレンスキーは領土割譲を含む和平合意を強いられる可能性があり、これに対抗するためには取引材料としてのロシア領が必要と彼が考えることは自然であろう。