この10cmを巡り、極めて繊細な闘い方が求められるが、500mは日本人にとって有利な種目だ。
日本スケート連盟科学委員会委員長を務める、湯田淳・日本女子体育大准教授は「500mは、日本人らアジア人に向いた競技。長距離は体の大きい欧米勢がパワー、スタミナの面で卓越し、圧倒的な強さを見せるが、短距離は体が小さく、重心が低いアジア人に向いている。スタートで波に乗り、好タイムが出やすい。日本人が優勝しやすい種目である」と強調する。
実際、1998年の長野五輪では、身長162cmの清水宏保が、金メダルを獲得した。長島は173cmだが、加藤は165cmと小柄だ。
低い姿勢が爆発的な推進力を生む
加藤、長島が安定的な力を発揮するのは、速く滑るための筋力と、フォーム(姿勢)、技術がともに世界最高レベルに達しているからだ。
速く滑るには、(1)体を前方に送り出す強力なプッシュオフ力(後ろに脚を蹴り出す力)(2)空気抵抗を可能な限り減らすこと、の2点が重要だ。
プッシュオフ動作のこつは、後ろに蹴る時間をできるだけ長くすることである。つまりブレードを氷表面になるべくつけることである。長い時間氷に接触させることで、大きな運動量が得られるからだ。
運動量は、同じ力なら時間をかけた方が大きい。物理学で言う力積を高めることである。力積とは、力(パワー)×時間。長い間蹴るには、腰の位置を低くし、膝、足首を大きく曲げた状態を維持しなくてはならない。重心を低くすればするほど、脚が伸びやすく、長くプッシュオフできる。
簡単そうに見えるが、相当な筋力が必要だ。この姿勢を保つには、体の中心線周辺の筋肉「体幹」、お尻の筋肉(大臀筋)などの強さが求められる。夏場に二人は、筋力トレーニング、走り込みななどで鍛えてきた。
特に、筋力の弱さはコーナーに出やすい。長島は、課題のコーナーワークを克服するために、今季4年ぶりにカーブでのコーナリングの出来が勝敗を決めるショートトラックの代表候補強化合宿に参加し、技を磨いた。加藤は、もともとショートトラックの選手、「カーブを駆け抜ける」という技は、ショートトラックで磨かれた。
スピードスケートの姿勢と空気抵抗の関係:図7(中)は、姿勢の高さ 図8(右)は、それぞれの姿勢の高さにおける空気抵抗の違い。姿勢が高いほど空気抵抗は大きい。
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勝敗を左右するもう一つの要素である空気抵抗を減らすにも、姿勢が大切だ。湯田准教授らは、秒速14mの風(400mを28.6秒のタイムで滑っているのに相当)が吹き抜ける風洞実験室で、姿勢の高さを5段階に分けて、どのくらい空気抵抗を受けるかを調べた。その結果、通常の姿勢では、後ろに約1.7kgほど引っ張られるが、最も高い姿勢だと約2.9kgになる。ブレーキが大きいことを意味する。わずかな違いだが、これが1000分の1秒を競うレースではとても重要になってくる。