下部尿路症状 LUTS とは
まず、用語を整理しておく。「尿路」というのは、腎臓、尿管(腎臓から膀胱に流れる尿が通過する管)、膀胱、および尿道で構成されている。このうち、膀胱から尿道までを「下部尿路」と呼ぶ。この下部尿路に関連した諸症状を「下部尿路症状(lower urinary tract symptoms; LUTS)」と呼ぶ。
国際禁制学会(International Continence Society; ICS、最近は「コンチネンス」とカタカナでも呼ばれるcontinenceは排尿・排便が正常なことで、日本語ではなぜか「禁制」と訳されている。反対語はincontinence、日本語では「失禁」「インコンチネンス」である)の定義によれば、LUTSには次に示す多彩な症状が含まれる。
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蓄尿症状(尿をためることに関連する症状)として、日中の頻尿、尿意切迫感、夜間頻尿、尿失禁、夜尿症、膀胱の異常感覚
排尿症状(尿を出すことに関連する症状)として、排尿が遅いまたは断続的、尿の流れが分裂またはシャワー状、排尿まで時間がかかる、排尿に腹圧(いきみ)が必要、排尿の終わり近くで尿が滴下
排尿後症状(尿が出た後での症状)として、残尿感(まだ尿が膀胱に貯まっている感覚)、排尿が終わっても尿が滴下
その他の症状として、膀胱痛、複数の特異的な症状症候群
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LUTSは、40〜50歳以上の男性で最も多く認められる。その原因としては、前立腺肥大症、前立腺炎、前立腺がん、過活動膀胱、低活動膀胱、膀胱炎、間質性膀胱炎、膀胱がん、膀胱結石、尿道炎、尿道狭窄、神経疾患、多尿、夜間多尿などがある。
日本泌尿器科学会では、『男性下部尿路症状・前立腺肥大症診療ガイドライン』(2017年版。20年と23年にアップデート)を公開している。家庭医が関わるプライマリ・ヘルス・ケアの現場で役立つ臨床研究のエビデンスも多く記載されている。
今回のK.W.さんのLUTSのエピソードについても、それらを参考にして可能性のある疾患を絞り込んだ結果、身体的診断として「前立腺肥大症」である可能性をまず考えた。
前立腺肥大症とは
前立腺は、男性で膀胱とペニスの間にある骨盤内の臓器で、通常クルミぐらいの大きさである。その前立腺が大きくなると、膀胱と尿道(尿が通る管)に圧力がかかり、LUTSを引き起こす可能性がある。
前立腺肥大症は、男性の下部尿路症状の最も一般的な原因である。英語では、「良性前立腺肥大症」を意味するbenign prostatic hyperplasia(BPH)と呼ばれる。良性とは、がんなどの悪性疾患によって前立腺が大きくなっているのではない、という意味である。
日本ではなぜか良性をつけない「前立腺肥大症」が疾患名として使われる。英国では、benign prostatic enlargement(BPE)と呼ばれることが多い。なお、今回「男性」という言葉は、生まれた時に男性として性別が割り当てられた人について述べることを意図している。
日本での相当する統計は見出すことができなかったが、BPH によるLUTSは、米国では 30 歳以上の男性の約 4 分の 1 に影響を与えていて、その半数以上が少なくとも中程度の症状を呈しており、3 分の 1 が治療を受けている。多くの男性は、BPHがあると前立腺がんを発症するリスクが高まると心配しているが、それは事実ではない。