かつては著名人も強制送還に
入国が困難になるということに加えて、より懸念されているのが、現在米国内に住んでいる不法移民の大量送還である。トランプが大統領就任初日から大規模な不法移民の国外追放を計画しているからである。しかも、その規模は、米国史上最大となるだろうし、それには軍を積極的に動員するとトランプは公言している。
米国にはこれまで多くの人々を強制送還したり再入国を許可しなかった歴史がある。アナキストのエマ・ゴールドマンは、その無政府主義の思想や反戦活動を、のちに連邦捜査局(FBI)長官になるエドガー・フーバーに危険視され、1919年にソビエト連邦へ送還されている。27年には、黒人民族主義運動の指導者で、アフリカ回帰を主張したマーカス・ガーベイが、ジャマイカへと送還されている。米国では今日、不特定多数から出資を求める詐欺のことをポンジ・スキームと呼ぶが、そのもととなったチャールズ・ポンジは、詐欺罪で服役した後、出所後もまた詐欺を働いたため、34年、米国籍をはく奪されイタリアへと強制送還されている。
映画俳優で監督でもあるチャールズ・チャップリンは、イギリス出身で、米国の映画界で活躍していたが、第二次世界大戦後、「赤狩り」を主導した米下院非米活動委員会を公然と批判したため、自らの映画のロンドンでのワールド・プレミアに出席するためイギリスに向けて出発したところ、司法長官はその再入国許可を取り消している。事程左様に出入国に関する連邦政府の権限は大きいのである。
始まるハイチ系住民の大量脱出
トランプ当選以来、全米の移民コミュニティに危機感が広がっている。今回の大統領選挙期間中に注目された二つの都市を見てみたい。
オハイオ州スプリングフィールド市とコロラド州オーロラ市である。スプリングフィールドは、犬や猫などのペットの肉をハイチ系の移民が食べているという誤った情報をトランプ側が広めたため、全米の注目を浴びた。市に対してはショックを受けた人々から抗議が殺到し、なかには爆破するとの脅迫もあった。
トランプの当選を受けて、スプリングフィールドのハイチ系住民の大量脱出が始まっている。全米に注目された都市であるため、大量送還のターゲットになるのではないかという懸念が共有されているためである。
ハイチからの移民の多くは、一時保護資格(TPS)によって合法的に在留することが認められている。これは、出身国が武力紛争や自然災害などによって安全に帰国できないようなときに国土安全保障長官によって与えられる資格である。ハイチの混乱から逃げて来た人々には、現時点では少なくとも2026年3月まではその資格が認められることになっている。
ただ、政権によってTPSを停止することが可能であるという地裁レベルの判例もあり、予断を許さない。しかも、次期政権の国土安全保障長官にトランプが指名したのは、サウスダコタ州のクリスティ・ノーム知事である。彼女は、下院議員時代、イスラム諸国からの米国への渡航を一時禁止するトランプによる17年の大統領令に支持を表明している。また、知事就任後は、米国とメキシコの国境警備のため州兵を複数回派遣している。