2025年1月9日(木)

唐鎌大輔の経済情勢を読む視点

2025年1月8日

価値尺度機能に切り込む力はある

 では、②はどうか。ドルが持つ価値尺度機能を象徴する事例が原油価格のドル建て表示だ。歴史的経緯について詳述は避けるが、1971年の金・ドル兌換停止(ニクソン・ショック)を経て金という裏付けを失ったドルの価値を担保するために、米国はサウジアラビアの原油価格引き上げを容認する一方、原油取引をドル建てに縛る体制をサウジアラビアと構築したと言われている(この点、公式な文書や取り決めがあるわけではない)。

 米国が基軸通貨国足り得ている背景として世界最大の経済規模と軍事力が真っ先に挙げられやすいが、産油国が原油取引で得たドルを米国債に投資するという資金循環構造、いわゆるペトロダラー体制こそ基軸通貨国の要諦であるとの指摘は多い。端的に言えば、「原油はドルでしか買えない」を基軸通貨の正体と捉える主張だ。

 しかし、BRICS首脳会議が本当に足並みを揃えてくるのだとしたら、この点に楔を打ち込める目はある。かつて新興4カ国(ブラジル・ロシア・インド・中国)の総称でしかなかったBRICsは2011年に南アフリカが加入しBRIC「S」と表記されるようになった。24年からはイラン、アラブ首長国連邦(UAE)、エジプト、エチオピアが加わっている。

 このタイミングでサウジアラビアも加わる予定とされていたが、米中間の緊張が高まる中で最終判断を保留しているのが現状であり、本稿執筆時点ではまだ加盟国のステータスにはない。さらに同じタイミングでアルゼンチンも加わる予定であったが、23年8月に加盟を決断した反米左派政権が同年12月に親米政権に代わったことでやはり参加が見送られている。

 結果、現状での加盟国は9カ国(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ共和国、エジプト、エチオピア、イラン、UAE)である。この9カ国だけでも世界の石油供給に占めるシェアは30%程度にのぼり、態度保留中のサウジアラビアが加われば40%程度まで引き上がることになる(図表②)。これらの国々がドル建て取引に執着しないのだとしたら、ペトロダラー体制は当然揺らぎ、米国債の消化構造にも影響が出る恐れはある。

ペトロ人民元体制の現実味は?

 もちろん、これは原油に留まる話ではない。既に、ロシアが保有する石油、レアメタル、小麦、肥料などの天然資源取引はルーブルや人民元を通じて決済されるケースが増えていると言われる。

 ロシアと中国の原油取引は人民元建て、米国の制裁下にありドル建て取引が制限されるイランも人民元建て輸出を可能にしており、中国、インド、トルコが仕向け先となる。23年3月には中国とブラジルが貿易や金融取引で両国の通貨を使って直接取引できる仕組みの創設で合意したという報道もあった。

 2000年代後半のシェール革命を経て世界最大の産油国にのし上がった米国がエネルギー調達面で中東地域への関心を後退させる一方、世界最大の原油輸入国である中国がペトロダラー体制に付け入る隙が生まれているという構図である。中国の「一帯一路」構想とその資金源であるアジアインフラ投資銀行(AIIB)から援助を受ける国々は、今後は支援条件としての「ペトロ人民元体制」への加担を要求される余地があるし、現にそうなりつつあるという論考は多い(後述する中国独自の決済システムであるCIPSも、同じ文脈で利用を強いることが可能だろう)。

 いずれにせよ、中国を軸にBRICS首脳会議が結託することで、例えば人民元建ての表示価格が資源取引に強要された場合、何らかの強制力を伴う恐れはある。事実として、中国から開発資金を得られる以上、多少の不便を甘受しても、そのチャレンジに乗る国は出ても不思議ではない。


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