MAGAの体現者
頭脳明晰なヴァンス
日本では意外に知られていないが、「MAGA」の思想は元々トランプのアイデアではない。1980年の大統領選でロナルド・レーガンが挙げた„Let's Make America Great Again„であった。
2016年、トランプは„Let's„をとって、„Make America Great Again„という、より短く、人の心に刺さりやすい標語にした。これは単なるスローガンの域にとどまらず、MAGAムーブメントと呼ばれるまでにいたるほど、「rallying cry(特定の目的や運動のために、人々を一致団結させるための合言葉やスローガン)」になった。しかも、トランプはMAGAを商標登録までしている。その周到さに隙がない。
そして、そのMAGAを最も体現しているのが副大統領に就任するJ・D・ヴァンス(40歳)であると言っても過言ではない。彼を一躍有名にしたのは、16年に出版した回顧録『Hillbilly Elegy』(『ヒルビリー・エレジー』、光文社)だ。
ヴァンスはイエール大学ロー・スクールで学位を取得した暁にエリート入りしたが、子どもの頃はその華やかなエリートの世界とはかけ離れていた。母親が薬物中毒であったため、母方の祖父母に育てられたが、貧困で破綻した家庭であった。そこから這い上がることができたのは、彼の決断力と責任感の強さであるといわれている。その強さは、高校卒業後半年間入隊した海兵隊やロー・スクール、職場において、年長者を常に感心させてきたというほどだ。
回顧録を出版した頃、ヴァンスはトランプを「米国のヒトラー」呼ばわりしていたが、18年頃から批判をやめた。それが20年には自らを「reformed(改心した)」とし、22年の上院選ではトランプの支持をとりつけ、見事に当選している。批判をやめたのは、上院選でトランプの支持を必要としていたからだ。次期副大統領になったのだから、「triumph(大勝利、凱旋)」という言葉がぴったりの人生である。頭脳明晰で、「iconic(偶像的)」な政治家であることは間違いない。
ヴァンスの外交政策に対する考え方は「抑制主義(できるだけ米国が直接関与しないこと)」だという。MAGAの思想に忠実であり、米国第一主義を掲げ、ウクライナ支援を全く支持していないことはよく知られている。時にはトランプよりもトランプ的だと言われるが、筆者が取材した側近の一人は「ヴァンスはトランプの『political spectrum(政治的立場)』からみると異なる立場にある」と断言した。
例えば、ウクライナ支援についてトランプは大統領に就任したら「24時間でウクライナ戦争を終わらせる」と喝破したものの、実際にはウクライナに背を向けてはいない。トランプは孤立主義的な見方を受け入れることを意図的に拒否している。
またトランプは他人が注目されることを好まないので、ヴァンスは非常に思慮深い行動をする必要があるだろう。一例を挙げると、ヴァンスと民主党の副大統領候補だったティム・ウォルズがテレビ討論会で対決したとき、誰もがヴァンスの完璧なパフォーマンスに感心したが、トランプはそれを褒めるどころか、逆に気に入らなかったことは側近の間ではよく知られている。それは自分よりも優れたパフォーマンスに注目が集まったことに対する反感である。
