2025年12月5日(金)

Wedge REPORT

2025年1月17日

個々人の自然への回帰

 筆者の大学の同級生で登山を愛好している夫婦がいる。彼らが登山道を下山している時だった。先行していた夫人が急に悲鳴を上げた。

 夫が駆け付けると、ツキノワグマが夫人に襲いかかっていた。出会いがしらの事件だった。夫を見てクマは逃げ去った。

 夫人は太腿を噛まれて、肉が垂れ下がっている状態だったという。応急の止血をして、夫は夫人をおんぶして下り、登山口から自家用車で病院へ運んだ。

 この話は数人の同級生とご夫婦の自宅で聞いた。数年前のことらしいが、奥さんは凄いという武勇談に帰結していた。不思議なことにクマに対する恨み言や非難は一切なかった。自分たちは山で働いたり、遊んだりしてふつうに森や自然に親しんでいたから、クマに出会えば当然起こりうることだと思ったからであろう。

 まだまだ山村で多くの人が生活していた時代には、人間とクマの関係はこうだったのだろう。急斜面で足を滑らして怪我をしたのと同じで、自分の不注意が招いたことなのだ。急斜面と同じで、クマは出没するという注意が必要なのだ。

 だからと言って、市街地でクマの自由な横行を許せと言っているわけではない。危険なクマにはそれなりの対策が必要であろう。しかし、クマに限らず野生動物の市街地への浸透は今後ますます多くなるだろう。森林の隣接地だけでなく、河川敷の樹林地や草地を通って、大都市の中心部にも出没するようになる。その時に慌てず対応できるだけの心構えを、まったく都市生活に慣れ切った人たちにもしてもらいたい、いかに都会人であっても大自然の一角で生活しているんだという実感を持ってもらいたい。

 古い街路樹や公園の高い樹木のそばを通るときは、上を見て枝が落ちてこないか注意する。ついでに高いビルの下を歩く時も見上げよう。どんなところに危険が潜んでいるかわからない。森の中とまったく同じなのだ。

 少子化、人口減少、人手不足の世の中で、もはや公共サービスにすべてを頼る時代は終わっている。だったら自分や家族、身近な人たちの命を自分たちで守る覚悟を持つべきである。

巨大災害への耐性を育む

 これらの動物による人間社会への影響は、人間が引き起こした自然破壊に対する反作用ともいえる。人間があまりに独善的に改変した自然がバランスを崩して、人間に襲いかかるのだ。地球温暖化はその最たるものだが、例えば増えすぎたシカが森林を食害し、それによって防災機能が低下した山地が崩壊して下流に大水害をもたらすことだってありうる。

 過度に人口と富を集積した都市は、大水害や大地震や火山噴火によって、一時に壊滅するだろう。奢る人間に対して大自然がバランスをとるチャンスをうかがっているのだ。さあこの時どう対応するか。能登半島地震で公共サービスは無力さを露呈した。さらなる大災害に対しては、あなた自身の能力を全開するしかないのである。

 そのためにも自然に回帰して、人間本来の強さを回復させておく必要がある。

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