これまでEUは、トランプ氏を刺激しないように発言のトーンを抑えてきた。そのことは、トランプ氏が今年1月6日に「グリーンランドを米国が所有することは、安全保障の観点から重要だ。デンマークは、グリーンランドに認めている自治権をあきらめるべきだ。必要ならば、関税などの経済的な手段や軍事的な措置を取る可能性も除外しない」と発言した時のEUの反応に表われていた。
フォンデアライエン氏とドイツのショルツ首相との反応は、対照的だった。ショルツ氏は、1月8日に臨時の記者会見を開き、「国境不可侵は、国際法の基本原則だ。この原則は、洋の東西を問わず、小国にも大国にも適用される」と発言。トランプ氏を名指しすることは避けながらも、「私が他の欧州諸国と話し合ったところ、米国からの発言は理解できないという声が強かった」と述べ、間接的にトランプ氏の発言を批判した。
ドイツの首相が、米国の次期大統領の発言を公に批判したのは異例だ。ドイツの保守系日刊紙フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)は「ショルツ首相は、トランプ氏をプーチン氏とほぼ同列に並べた」という見出しの記事を掲載したほどだ。
これに対し、フォンデアライエン委員長は、トランプ氏のグリーンランド発言について当初沈黙を守った。2日後に欧州委員会と欧州理事会が出した声明は、「EUは常に市民と民主的な機構を守る。我々は米国の次期政権との前向きな協力関係を楽しみにしている。不安定な世界では、協力した方が力を強めることができる」という内容で、トランプ氏にもグリーンランドにも触れていなかった。
ドイツの論壇では、これはフォンデアライエン氏とショルツ氏が、トランプ氏を刺激しないように、役割を分担したものと解釈されている。ドイツでは2月23日に連邦議会選挙が行われるが、現在の政党支持率調査によると、ショルツ首相が率いる社会民主党(SPD)は第2位に留まり、ショルツ氏が首相を辞任することは確実とみられている。つまり彼はまもなく政治の表舞台から去る人物だ。
このため、ショルツ氏があえてトランプ氏のグリーンランド発言を批判する「bad cop(乱暴な言葉を使う悪い警官)」役を務め、フォンデアライエン氏は「good cop(態度が温和な、優しい警官)」役を演じたのだ。
EUは、2018年の貿易摩擦ではディールに成功
EUは、「トランプ大統領は、イデオロギーで動く人物ではない。彼はディールまたはトランスアクションを重視する」と分析している。
EUがこう考える理由は、2018年の貿易摩擦での経験だ。18年6月10日、第一次トランプ政権は、「EUは米国に対して過剰な貿易黒字を抱えている」として、EUから輸入される鉄鋼に25%、アルミニウムに10%の追加関税をかけた。これに対してEUは、6月22日に米国から輸入されるバーボン・ウイスキーやオートバイなどに報復として追加関税をかけた。
だが同年7月25日、当時EUの委員長だったジャン・クロード・ユンカー氏はホワイトハウスでのトランプ氏との会談後、「EU加盟国は、米国からの液化天然ガス(LNG)と大豆の輸入量を増やす」という条件を示すことによって合意に達し、相互に課していた追加関税の撤廃に成功した。この経験から、EUは「政治家としてよりもビジネスマンの経験が長いトランプ氏は、自分にとって得になる条件を示されれば、ディールを受け入れる」と考えている。
