米国のNATO脱退の可能性も
難航するとみられるのが防衛問題に関する交渉だ。防衛問題をめぐる交渉では、貿易黒字問題よりもディールを成立させるのが難しい。
トランプ大統領は、1月8日に、「北大西洋条約機構(NATO)加盟国は、防衛予算の国内総生産(GDP)に対する比率を、少なくとも5%に引き上げるべきだ」と発言した。これまでNATOの目標値は「最低2%」だった。これが一挙に2.5倍に引き上げられた。
トランプ氏は「自国の防衛に十分金を払わない国は、守らない」とも言った。彼はNATOの最も重要な「一国が攻撃された場合、他の国々が自分の国に対する攻撃と同列に見なして、防衛・支援を行う」という集団安全保障の原則を踏みにじる可能性を示唆したのだ。米国がNATOから脱退するという、過去には考えられなかった事態もあり得る。
ただしトランプ氏の5%という数字が何を根拠にしているのかは不明だ。NATOの統計によると、24年の米国の防衛支出の対GDP比率は3.38%で、5%に達していない。
ドイツは東西冷戦終結後、防衛予算を年々削減し、14年の防衛支出の対GDP比率は1.19%に落ち込んでいた。このため長年にわたりトランプ政権から「ドイツは防衛を米国に肩代わりさせ、自分はロシアから安い天然ガスを買っている。これはただ乗りだ」と厳しく批判されてきた。
だがドイツはロシアがウクライナに侵攻した22年に、1000億ユーロ(16兆円)の連邦軍特別予算を組むことで、24年に初めてNATOの目標である2%を達成した。トランプ氏が考えているのは、NATO加盟国が米国製の兵器の輸入を増やすことだろう。だが現在ドイツ政府は深刻な財政難を抱えており、防衛支出の対GDP比率を5%に引き上げるのは、容易なことではない。
ドイツ国防省のボリス・ピストリウス国防大臣は、「我が国がGDPの5%を防衛支出に回したら、防衛支出が国家予算の70%になってしまう。とても無理だ」と語っている。もしも大半のNATO加盟国が5%を拒否したために、米国が相互防衛に関する原則を放棄した場合、第二次世界大戦後の欧州の安全保障に関する秩序は大きく崩れることになる。欧州諸国は、「米国ぬきで欧州の安全保障を維持する時代」の瀬戸際に立っているのかもしれない。
ちなみに欧州諸国が直面している苦境は、我々日本人にとっても対岸の火事ではない。日本はEU同様に恒常的に対米貿易黒字を抱えている。
また、24年(令和6年)度版防衛白書によると、23年度の日本の防衛支出の対GDP比率は1.12%。ドイツのほぼ半分だ。トランプ政権が、日本の貿易黒字と防衛支出に対して厳しい注文をつけてくる可能性はゼロではない。日本政府は、ドイツやEUとも緊密に情報交換を行い、トランプ氏の恫喝に対して周到な備えを整えるべきだ。

