2025年4月11日(金)

Wedge REPORT

2025年3月3日

 これも前述のように、動画に露骨な性的描写は無く、大多数が男女問わず肯定的評価をしている。個人がいかなる感想や問題意識を表明しても自由だが、いかなるコンテンツも全ての人の満足を網羅することは不可能かつ、目指してもいない。

 また、批判された作品はフィクションである。実在の人物や団体とは何ら関係しない。仮にトラウマが呼び起こされた個人の原体験それぞれには深刻な問題や配慮されるべき事情があったとしても、それを理由に自他や創作物との境界無く、無関係の他者や表現を勝手に紐づけし、一方的な配慮や責任を求め萎縮させる行為は正当化できない。

誰が「弱者」で「被害者」か

 この問題で最も深刻と言える点は、一方的な紐づけと思い込みを基にした「過剰防衛」とさえ言える私刑的反応が少なからず見てとれることだ。今回の騒動では、動画批判者の一部から「生成AIを使用している」などの根拠のない指摘や関係者に対する誹謗中傷が制作者に向けられ、制作会社から反論・抗議の緊急声明が出される事態にまで発展した。

広告に対する批判に対する制作会社による声明(同社公式Xより)

 さらに、Xで東洋水産のアカウントと本件に何ら言及せず交流しただけの別企業、タニタのアカウントに対してまで「女性を軽んじる企業」「卑劣」などといった言葉が投げかけられた

 編集者でエッセイストの藤井セイラ氏による「いまなら引き返せますから、何もいわずにポストを削除して東洋水産さんをそっとアンフォローしたほうが絶対にいいですよ」とのポストは1533万以上の表示、1557件の返信、9986件のいいね、4352件の引用含めたリポストを集めた。

 類似の矛先は、同様に東洋水産アカウントと交流していたサッポロビールやアース製薬、フジッコなどの企業アカウントにも向かった。いずれの企業も、本件には何ら言及していないにもかかわらずだ。

 東洋水産CMへの批判者たちは、自らを「傷つけられた被害者」や「過去のトラウマを抱える弱者」、あるいはその擁護者と位置付けて論理を展開しているのかもしれない。 

 無論、公共空間における「性的な言動の脅威」に苦しめられてきた個々の苦悩や経験は、決して軽視されるべきではない。一方で近年、社会ではカスタマーハラスメント(カスハラ)がたびたび問題視され、今年1月には厚生労働省が企業にカスハラ対策を義務付けた

 直近の報道でも、たとえば2月25日には医療・介護職でカスハラを受けた経験がある割合は44%と報じられている。中でも目立つのが「暴言」「威嚇」「脅迫」などで、「過度な要求」もハラスメントと見做される。

 もし、被害者性の訴えを無条件かつ一方的に「やさしく(優しく、易しく)」受け容れ、他者への暴言や私刑を行使する「免罪符」の様に扱うのなら、「被害者」は容易に「加害者」にも転じ得る。現に、「被害」を訴えていたはずの藤井セイラ氏はじめCM非難側の発信には、「集団での仲間外れを呼びかける子どものいじめのようだ」「キモい、陰湿などの言葉は論理的批判ではなくただの悪口や誹謗中傷」に類した、「加害者性」を指摘する批判も数多く向けられている

 「被害者性」は尊重されるべきだが、他者を叩く棍棒にしてはならない。その暴力に吊るし上げられる関係者側の「傷付き」「トラウマ」も同様に、断じて軽視されるべきではないからだ。

 しかし残念ながら、今回の騒動には新たな兆候が見られる。「性的である」との個人的主観から企業と公共の表現、その表現者、さらに何ら関係無いコミュニケーションをとった別の企業にまで「キャンセル」や誹謗中傷を堂々と仕掛けた一方で、「どこが性的なのか分からないから教えてという要求自体が、相手に性的な言動を指し向ける暴力」などと疑問や議論の余地さえ一切許さないアンフェアな擁護もあった。

 これは「不利益と不快を感じさせられたら全て差別」「差別か否かというのは被差別者しか分からない」という、いわゆる部落解放運動における「朝田理論」とも類似する。何者かが「弱者」「被害者」と恣意的に認め贔屓する特定の個人や集団の体験に一種の特権的な権威を与え、民主主義社会の自由と平等、公正を毀損しかねない。

 また、一連の騒動の発生・拡大の状況は、現代の情報社会において、エコーチェンバー的な感情の共鳴と断片的な情報拡散がいかにして議論の多様性を奪い、単一の価値観を絶対視する土壌を作り出しているかを如実に示しているとも言える。言い換えれば、「一部の人々によって恣意・独善的な「正しさ」と「免罪符」が次々と創られ、社会で既成事実化されている」実態が可視化されたとも言えるだろう。

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