耳の診察
家庭医が急性中耳炎を除外診断するには、鼓膜の所見が重要である。鼓膜の膨隆または発赤がないかを確認する。また、耳漏があった場合には、外耳道壁の状態を見てそこに炎症(外耳道炎)がないかを確認する。外耳道炎でも耳漏が起こりうるからである。
鼓膜を診察するには、耳鏡という診察道具を使う。耳鏡は小さな光源が付いた一種の懐中電灯と言える。
小さな円錐形の筒状になっているイヤーピースを光源の先に装着して、その細くなった先端を外耳道に挿入して、その奥に照らし出された鼓膜を観察する。耳鏡で診察をする際は、イヤーピースを外耳道へ優しく挿入しないと、イヤーピースが外耳道に触れた刺激によって外耳道壁の下部にある迷走神経による反射で咳が出てしまうので、注意しながら行う。
そうでなくても、特に子供では診察で何をされるのか分からず恐怖で泣いてしまうことが多い。激しく泣くと顔面が紅潮するのと同じく、耳介も外耳道も鼓膜も赤みを帯びて、急性中耳炎による発赤と区別するのが困難になる。
私が子供を対象に耳鏡を用いた診察の前にすることは、まずその子とその子を診察に連れてきた人(親など)に、これから何をするのかを説明することだ。子供には耳鏡を見せて、実際に私の手指で筒を作ってその内部を耳鏡でのぞかせてあげる。
「ね、見えるでしょう。こんなふうにして耳をのぞくんだけど、じっと頭を動かさないようにしていてくれる? ちょっと耳を上に引っ張ったりするけれど、優しく診察するので、頭を動かさなければ痛くないよ」などと説明して子どもから同意を得る。
付き添いの人には、診察中に子供が動かないように抱き抱えて頭を優しく固定してもらうように依頼する。ちなみに、「ちょっと耳を上に引っ張ったりする」というのは、外耳道が前下方向へ若干湾曲しているので(個人差にもよるが)耳介をつまんで後上方向へ引っ張ることで外耳道が直線化して鼓膜を観察しやすくなるためである。
滲出性中耳炎は急性中耳炎とは異なる
急性中耳炎と紛らわしい病名に「滲出性(しんしゅつせい)中耳炎」がある。
滲出性中耳炎も幼児期によく見られる疾患で、感染の兆候がなく中耳腔に液体が溜まるのが特徴だ。滲出性中耳炎を「急性症状がない中耳滲出液貯留」と定義することもできる。
耳鏡による診察では、鼓膜が平坦または陥没している(つまり膨らんでいない)ことと、鼓膜の色が琥珀色または青味がかっていることで急性中耳炎と区別できる。
滲出性中耳炎の子供は、急性中耳炎での急性症状は無いものの、耳の不快感や耳鳴りを断続的に、または持続して経験することがある。さらに、難聴によって発語や言語発達の遅れなどの症状を呈することがある。
集中力や注意力の欠如などの行動上の問題が現れることもあるし、周りの人たちからは引きこもりや不機嫌のように見えて交友関係が狭められたり、学校の成績で低く評価されることもある。バランス感覚が悪く、不器用に見える場合もある。
このように、滲出性中耳炎では、聴覚をはじめ学習、行動、自尊心など広範な問題に対応する必要があり、総合的なケアを進めるためには、耳疾患の専門医と教育に関わる人たちを含んだネットワークを構築していくことが必要になる。
そのため、家庭医は地域の医療資源を調整する重要な役割を担う。地域を基盤としたケアについてはまた別の機会にお話ししたい。
なお、日本耳科学会と日本小児耳鼻咽喉科学会が編集・発表した『小児滲出性中耳炎診療ガイドライン 2022年版』があり参考になる。英国の国立医療技術評価機構(NICE)では、『12歳未満の滲出性中耳炎診療ガイドライン』を2023年8月に新しく発表していて、そこではより社会の中で問題をどう捉えて評価するかに重点を置いている。
