次期フランス大統領となる可能性のあるマリーヌ・ルペンは、フランスが自らの核兵器を他の欧州諸国に共有すべきではなく、ましてやその使用の権限を委ねるべきではないと主張した。ドイツでは、核兵器製造能力の開発のため、民生用原子力の研究を再開すべきだとの声が挙がっており、ポーランドも核の選択肢を考慮している。
学者の中には、世界中に核兵器が増えることによって安全保障が強化されると主張する者もいる。彼らは、冷戦期に米ソ間で核使用に至らなかったことに着目し、核を使用すれば悲惨な帰結がもたらされるから、国家はそうしたリスクを冒そうとしないであろうと推論する。
しかし、広範な核拡散を助長するのは無謀なことである。核計画を導入することは、同盟国間であっても恐れ、不信、競争を招く。
米国の同盟国が核開発をすれば、同盟国間の関係が「安全保障のジレンマ」に取って代わられることとなる。核保有国が増えれば、偶発的な発射のリスクも増える。国によっては、指揮統制上の懸念、テロリストの破壊工作や窃盗に対する脆弱性の問題もある。
トランプ政権の行動によって、世界の安全が脅かされるに至った。世界は、たった数週間前よりもはるかに危険な場所になってしまった。
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切羽詰まっている欧州
上記の論説の、トランプの行動が米国による拡大抑止の信頼性を損なっており、欧州・アジアで核拡散のリスクを高め、核不拡散体制にストレスがかかっているという指摘は正しい。日本としてもこの新たな状況にどのように対応するかを真剣に考えていかなければならない。一方、「欧州よりもアジアの方がより大きな核拡散のリスクを抱えている」という指摘は、一面的と思われる。
核の必要性を論ずる前に、まず、トランプの行動によって、米国の拡大抑止への信頼性低下から安全保障体制の再構築に動くことをどの程度余儀なくされているのかを考えなければならない。それは、①安全保障上の脅威の程度、②米側の姿勢の変化の程度によって左右されるが、その点に着目すれば、アジアよりも欧州の方が事態ははるかに深刻である。
第一に、安全保障上の脅威の程度について言えば、欧州にとって、ロシアは国際ルールを無視した侵攻・侵略を現実に行っている国である。勢力圏にこだわるプーチンの野望がウクライナで止まる保証はない。アジアでは中国と北朝鮮の脅威はあるが、相対的に見れば、侵攻・侵略がすでに顕現化しているロシアの脅威の方がより深刻と言うべきであろう。
