こうした中で財源として議論されているのが、ユーロ共同債の発行だ。これは2012年にフランスのオランド大統領がギリシャの国債償還危機に端を発したユーロ危機からの救済のための提案だった。
しかしこのときはドイツのメルケル独首相の反対で実らなかった。債券発行の資金的裏付けは最大拠出国であるドイツが中心となり、債権回収のリスクを一番負うのはドイツとなるからだ。
このユーロ共同債の発行はその後、コロナ危機からの復興債として発行されたが、存外の好評で発行当日に高値を付けた。これに今回も習おうというのだ。
今回はフランス、イタリア、ポーランド、デンマーク、フィンランドなどが共同債発行を支持するが、オランダは欧州再軍備計画と同様に反対だ。再軍備のための共同債にはショルツ前独首相も反対だった。しかしメルツ次期首相は財政抑制策を定めた憲法を修正して、財政の縛りを緩めた。
防衛政策と防衛産業分野での各国の熾烈な綱引き
他方で加盟国間での兵器産業市場での摩擦も顕在化し始めた。ドイツ産業の軍事部門への傾斜と復活は社民党ショルツ政権からメルツ保守政権への政権交代によって加速化されそうだ。
ドイツはEU予算を使ったライセンス契約のパトリオット米製迎撃ミサイルを生産しようとしているが、それがフランスの怒りを買った。それは欧州兵器市場では仏伊が共同開発するミサイル迎撃システムASTERに対抗する。
このドイツ兵器部門での突出は、欧州最大兵器輸出国フランスとのつばぜり合いの一環でもある。SIPRI(ストックホルム平和研究所の3月発表)によると、ウクライナは2020年からの5年間で世界最大の兵器輸入国となった。兵器の輸入が100倍となったのだ。
その一方でフランスは米国に次いで2番目の兵器輸出国になった。3番目はロシアだ。そのシェアは米国が10年前の35%から43%、フランスが9.6%、ロシアが7.8%だ。兵器市場でのライバル関係も域内の摩擦の種となっている。
ドイツの軍備には核兵器保有国である英仏に比べて限界がある。マクロン大統領は今年に入ってフランスの核兵器を欧州核として用いるように主張した。欧州の立場を強化しようという提案ではあるが、欧州防衛でのフランスのイニシアティブ強化を意図していることは明白だ。
実はこの提案は1995年シラク大統領時代にも提案され、欧州諸国の顰蹙を買った。また英米は英仏合同部隊(JFBF)による緊急展開部隊の強化も進めている。独仏行動旅団とともに欧州統合軍の重要なアクターだ。
英独仏間、それに世界の6番目の兵器輸出国イタリアも絡んで防衛政策と防衛産業分野での綱引きはし烈だ。フォンデアライエン委員長が防衛産業部門の欧州の一本化を強調する意図もそこにある。
すでにEU各国はかなりのウクライナ支援を行ってきた。戦争の長期化による支援疲れと各国関係のひずみも音を立ててきしみ始めている。
今や時代は逆流して、冷戦時代が蘇っている。欧州の今日は日本にとっても対岸の火事ではない。しかしこんなときこそ軍事的リアリズムばかりではなく、外交で世界をリードする政治的リアリズムが必要なはずだ。
