ウクライナのロシア内陸での軍事行動
次に考えられる理由は、金正恩氏の安全上の問題だ。ロシア・ウクライナ戦争では、クルスク州での攻防に注目が集まっているが、ウクライナは今年に入ってロシア内陸部での軍事行動を強めている。
3月11日、ウクライナ軍は343機のドローンを使ってモスクワを攻撃し、モスクワ郊外南部で住民6人が死傷したことを皮切りに、ロシア内陸部の軍事施設や工場などに対するドローン攻撃を10件以上行っている。さらにはモスクワの住宅街でロシア軍参謀本部作戦総局次長を自動車に仕掛けた爆弾で殺害した。
このようにウクライナ軍は、航続距離1000キロメートルを超えるドローンでの深部攻撃や特殊工作員による高官の暗殺で大きな成果を挙げている。この成果の裏には、ロシア国内にウクライナ軍を支援する多数の協力者が存在するとみるのが妥当だ。5月9日に赤の広場で行われた軍事パレードでは携帯電話のジャミングなど対抗措置がとられたが、これらはウクライナ軍による攻撃を警戒したものだ。
ひるがえって、このような危険な場所を金正恩氏が訪問することはありえない。執権以降の金正恩氏が中国とロシア以外を訪ねたのはわずかに3回だけ。2018年6月のシンガポールでの第1回米朝首脳会談では中国の政府専用機で移動し、19年2月のベトナム・ハノイでの第2回米朝首脳会談では平壌から中国を経由してベトナムまで専用列車で長躯したように移動間の安全に万全を期している。ちなみに、ロシア訪問は19年4月のウラジオストック、23年9月のボストーチヌイでの2度の露朝首脳会談だが、この際も専用列車で移動している。
ウラジオストックからモスクワまで通じるシベリア鉄道は約9300キロメートルにおよび、通常は6泊7日もかかる。ロシア軍が警備に協力したとしても、特殊作戦部隊などからの襲撃を完全に防ぐことは容易ではない。
また、軍用機で移動したとしても、リスクが局限されるものでもない。さらに言えば、ロシア派兵を認めた北朝鮮はウクライナにとって「交戦国」であり、朝鮮人民軍最高司令官の金正恩氏は国際人道法で攻撃が認められている「軍事目標」となった。ウクライナ軍は誰はばかることなく金正恩氏を襲撃することができるのだ。
