分断が深刻なのは、これを双方が生存のための戦いと見なし、大西洋の向こう側の味方と繋がろうとすることだ(例えばトランプが、ハンガリーのオルバン、スロバキアのフィツォ、英国のファラージ等と)。
大西洋同盟は、政権交代を超えて維持される超党派の政策だった。西側の同盟は、共通の価値と利益に加えて信頼に依存してきた。しかし今や、米国はトランプを二度も大統領に選ぶような国になった。欧州やカナダの人々は、もはや米国の確実性を当然視することはできなくなっている。
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「ソフトパワー」毀損に直結
ラックマンの同盟論は、的確で確固としている。同盟の基礎として、価値観、利益、信頼の三点を挙げているのは正しい。
利益については、「利益の均衡」も重要だ。ラックマンは、「常に、最後は米欧が同じ側に立っているという理解があった」と言う。その通りだ。
ラックマンの大西洋同盟崩壊への危機感は、よく理解できる。トランプによるウクライナ和平案(特に和平案でロシアによるクリミア併合の法的承認等)や、NATO同盟国のグリーンランド、カナダへの併合脅迫等により、同盟関係の基礎である価値観、利益、信頼が崩れてきている。
今や同盟国だけでなく世界の米国への信頼は地に落ちている。おりしも5月6日に米国の国際政治学の泰斗で「ソフトパワー」の提唱者であったジョセフ・ナイ教授が逝去した。
ナイは、「強制や報酬ではなく、魅力によって望む結果を得る能力」を、ソフトパワーと呼んだ。より具体的には、軍事力や経済力で脅したり買収するのではなく、自国の価値観や文化で魅了することで、相手から望む結果を引き出すことにつながる影響力のことだ。なお、ナイは軍事力や経済力で相手を従わせる「ハードパワー」を軽視しているわけではなく、ハードパワーとソフトパワーを賢明に組み合わせる「スマートパワー」が重要だと言っている。
トランプがやっていることは、まさに米国のソフトパワーの毀損である。同盟国すら脅迫し、同盟において共有されてきた価値観を平然と軽視し、世界中を関税で脅し、発言は猫の目のごとく変わり、それをディールだと豪語する。
このような米国に誰が魅了され、価値観を共有し、信頼を寄せることができようか。トランプによる米国のソフトパワー毀損は、不可逆的か、少なくとも回復するのに相当の長時間を要するだろう。
