2025年6月16日(月)

日本人なら知っておきたい近現代史の焦点

2025年5月15日

 国際政治学者でハーバード大学特別功労名誉教授のジョセフ・ナイ氏が5月6日に亡くなったとハーバード大学が発表した。88歳であった。昨年12月に60年以上連れ添った妻に先立たれたばかりであった。

ジョセフ・ナイ氏(Boston Globe / gettyimages)

 1970年代に相互依存論を提唱して学会で高く評価されたナイ氏であるが、ソフトパワー概念の提唱者としてより知られている。80年代後半、米国の凋落が言われている中、イェール大学の英国人研究者ポール・ケネディが87年に著書『大国の興亡』を出版し、そのことをわかりやすく説明すると世界的な一大ベストセラーとなった。それを読んだナイは、フェリペ二世下のスペインのように米国が没落しつつあるという考えは間違っていると考えた。

 『大国の興亡』においてケネディは、軍事力と経済力で覇権国の交代を説明していたが、ナイはそこに何かかが大きく欠けていると考えた。その何かとは、文化的影響力などを含めた他者を惹きつけて自分の望むことをさせる力だった。

 それをどう呼ぶか考えていたナイが自宅のキッチンテーブルで思いついたのが「ソフトパワー」という言葉だった。この言葉がその後いかに世界中に膾炙したかは周知の通りであるが、その言葉が07年に胡錦涛国家主席の口から出たのを聞いたときは、さすがのナイも驚いたという。

人気を誇ったハーバード大での講義

 37年にニュージャージ州で生まれ、同州の名門プリンストン大学に進み58年に最優等位で卒業している。同年ローズ奨学生に選ばれてオックスフォード大学に留学、60年に卒業している。その後、ハーバード大学大学院に進学し、64年に政治学で博士号を得ている。

 極めて優秀な博士論文を書いた大学院生として修了後、ハーバードでそのまま専任講師に採用され、准教授、教授と順調に昇格した。95年から04年まではハーバード・ケネディ・スクールの学長を務めて、長年の功績が認められハーバード大学特別功労教授となっている。

 ナイ氏の教師としての姿を知る資料として、ハーバードの学部生たちが授業を選ぶ参考とするために毎年講義の内容などをまとめていた「鬼仏表(きぶつひょう)」がある。90年代初頭、彼が最後に行った学部コアカリキュラムの授業は、600人近くが受講していた。

 この授業に学生たちは高い評価を与えており、中には「カリスマ的」と評価する学生もいた。高度な研究だけでなく、学部生のための授業、しかもいわゆる教養レベルの授業にもまじめに取り組んでいたところに、彼の誠実な人柄が垣間見える。


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