2025年12月5日(金)

日本のコンテンツ

2025年5月26日

 文化の集積地として多くのクリエーターを今でも輩出し続けている北九州だが、そこに〝ある課題〟を感じて会社を立ち上げたのはコルト代表の大野光司氏。55歳で〝脱サラ〟して起業し、今年で10年になる。

自身も熱心なコレクターである大野氏。全国各地のコレクターからも「大野さんに託したい」と貴重なグッズなどが贈られてくるようになったという。宝の山に囲まれたオフィスはまるで秘密基地のようだ

 「才能のある人がたくさんいるのに、そのほとんどが経済的に苦しんでいた。前職はイベントやデザインの制作会社で、営業とプロデュースを担当してきたが、挿絵を発注する『イラストレーター』に支払われる金額の安さに疑問を持っていた」

 自身もマンガやアニメが大好きという大野氏は、「才能あるクリエーター」と「地域の困りごと」をマッチングする事業を始めた。

 「最初は事業内容を理解してもらえず、門前払いをされたこともあった。ただ、『マンガ』の特性を活かせる分野があることも確信していた」

 そう話す大野氏がクライアントとして、まず目を付けたのは「行政」だった。行政から住民への〝発信〟を、自社に所属するクリエーターによってマンガ化することを提案した。

 北九州市都市ブランド創造局メディア芸術担当課長の藤田年男氏は「行政として、お知らせや報告書をいかに住民に読んでもらえるかは常に課題である。特に予算や各種制度は字面だけでは内容が分かりにくく、〝一方通行〟の発信になりやすい。どうしたら伝わるかを市民目線で考えたとき、マンガで表現する方がより伝わりやすい場合もある」と話す。

 現在では財政状況を伝える冊子や市政だよりなど、多くの場面でマンガが活用されている。こうした行政との実績を追い風に、大野氏は営業に奔走した。企業のリクルート資料や大学の学部説明資料など、地域に隠れた「文字だけでは伝わりにくい事柄」を見つけ、地元のクリエーターに描いてもらうというビジネスモデルを確立していった。

小倉駅の東側にある公共連絡通路はコルトが「漫画トンネル」としてプロデュースしており、マンガの世界に入り込んだような写真を撮影できるフォトスポットとなっている

「教育」にも広がる
地元クリエーター活躍の場

 制作の拠点になっているのは、コルト社内に令和版トキワ荘を目指して作られた「TOKIWA創」。マンガ家をはじめ、様々なジャンルのクリエーター35人が所属し、社内のブースや在宅での創作活動に勤しんでいる。

 小誌記者が取材に訪れた日にブースで作業をしていたのは小倉城のPRマンガなどを担当したマンガ家のタネオマコトさん。ヤングマガジン月間新人漫画賞の受賞歴もある実力者だが、TOKIWA創に所属するまではバイトをしなければ生計が成り立たなかったという。

TOKIWA創のブースで作業を進めるクリエーターたち。写真手前がタネオマコトさん

 「雑誌での連載を目指して今もオリジナルの創作を続けているが、この世界はどれだけ頑張ったとしても、掲載されなければ全て『無』になってしまうのが現実。一方、コルトの仕事は、自分の作品が世に出ることが確約されており、金銭面だけでなく、精神的にもありがたかった」と語る。また、様々なクリエーターが集まる作業環境について、「ほぼ〝引きこもり〟のような生活をしていたので、他のクリエーターや社員から感想を聞けたりすることは創作の糧になっている」と続けた。

 現在、コルトはリーフレットや冊子の作成のほか、「教育」にも力を入れている。所属するクリエーターたちが、地元の学校や施設で「マンガ教育」の講師を担当するなど、彼らの活躍の場を広げながら、次世代クリエーターの育成にも貢献している。

 今や、コンテンツは媒体上の娯楽に留まらず、その効果は多様化しており、現実世界で無限に広げられる可能性を秘めている。ただ、それを一時的な消費対象として終始させず、地域への還元にまでつなげるためには、その街の〝財産〟であるコンテンツやクリエーターをリスペクトする気持ちが何より大切である。各地でコンテンツをこよなく愛する人たちから、そう気づかされた。

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Wedge 2025年6月号より
日本のコンテンツが世界へ羽ばたく時
日本のコンテンツが世界へ羽ばたく時

日本のマンガやアニメに向けられる視線が熱くなっている。世界での熱狂を背に、政府は「新たなクールジャパン戦略」として、コンテンツ産業を中核にすえた〝リブート(再起動)版〟を示した。ただ、人々を魅了するコンテンツはお金をかければ生まれるものではない。今度こそ「基幹産業」として飛躍するために、必要な戦略を探ろう。


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