2025年12月5日(金)

医療神話の終焉―メンタルクリニックの現場から

2025年5月20日

短期離職の長期リスク

 本来、精神科医は何をすべきなのか。一つには、短期退職希望者に対して、ソーシャル・キャピタルを蓄積しないことの長期リスクを説明していくことであろう。信頼関係や人間関係のネットワークこそ、産業社会で生きていくうえでの資産である。

 若年のうちに短期離職を繰り返すと、以下のようなデメリットが発生する。まず、履歴書タトゥーにより、キャリア崩壊と雇用機会喪失を招く。面接のたびに「またすぐ辞めるのでは?」と警戒され、正社員の道は遠ざかる。

 結果として、アルバイト・派遣・短期契約など、不安定な雇用に甘んじるが、その事実がまた、新たな履歴書タトゥーとなる。キャリアに一貫性がなく、スキルが蓄積されないまま中高年を迎える。

 貧困への下り坂は、途中から加速がついていく。雇用保険の受給要件を満たせなくなり、失業中の生活資金も確保できなくなるかもしれない。住民税・国保・年金などの支払いが滞り、滞納通知・差し押さえリスクも発生する。クレジットカード、ローン、賃貸契約の審査では、圧倒的に不利になる。

 長期にわたり安定した収入を得られず、それでも実家が資産家ならいいが、そうでなければ、生活保護申請に追い込まれる。将来の年金はほとんどなく、結婚や子育てなど夢のまた夢である。住宅ローンは組めるはずもなく、老後の貯蓄はゼロであろう。

 順調にキャリアを積んでいる同級生には、引け目を感じて、会う気になれない。同級生の方としても、かつての友人といっても失業中の人間が、満面の笑みを浮かべて近づいてくれば、当然警戒する。

 気が付いたら完全に孤立しているが、そのくせ、独力で状況を打開する力はない。かつて退職代行業者を利用して味をしめたので、「逃げ癖」がついてしまっている。うまくいかなければ「人のせい」にする思考パターンから抜け出せない。

 これが短期離職を繰り返した人の末路である。それでも辞めたいか。そこから先は、本人次第であろう。

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