同社は、バイオベンチャー企業のSpiber社(山形県鶴岡市)との共同研究で開発した、蜘蛛の糸を模倣してつくられた糸「Brewed Protein™(ブリュード・プロテイン™)」を使用して、様々な衣類を販売している。この糸は、植物由来の糖類(グルコースやスクロースなど)を原料として作られている。ゴールドウィン開発本部テックラボ部長の平山壮一氏は、「(安かろう、悪かろうという)大量生産・大量廃棄ではなく、高くても良いものをつくりたい。今後もさらに環境面からアプローチしたい」と話してくれた。
日本企業などが生物模倣を進める中で、課題の一つが異分野交流だ。前出の平坂氏は、「世界では生物資本のデータベースを活用した製品化が進み、さらに、異分野融合型の教育が進展しており、将来の開発者の基盤が形成されつつある」と話す。そうした中、異分野交流に可能性を見出した企業がある。自動車・半導体のめっき量産と微細加工開発を行う表面処理メーカーのスズキハイテック(山形県山形市)は、経済産業省が中小企業を支援する産学官研究開発「Gо−Tech事業」に採択され、22年度から生物模倣研究に取り組む。泳げないフナムシの脚が持つ液体輸送の特徴を金型の設計に活かすなどの研究開発に携わる中で、同社事業開発本部本部長の齋藤潤一氏は「生物学の研究者と異分野の交流をすることで、自社の技術分野では知りえなかった学びがあった。広い視野を持つ人材育成にもつながると実感した」と振り返る。
生物模倣の可能性
脱炭素につなげていくためには
生物模倣の開発経験がある工学者はどう考えるのか。物質・材料研究機構高分子・バイオ材料研究センター副センター長の内藤昌信氏は、船底にくっつくムラサキイガイから、水の中で貼ってはがせる接着剤を開発した。内藤氏は「研究開発の重要なヒントとなる。今後は複数の生物の特徴を組み合わせた開発なども進むのではないか」と期待を寄せる。
冒頭の下村氏はさらに先の未来を見据えてこう話す。
「絹糸を模倣した合成繊維が環境を汚染するように、生物模倣といって安易に製品化せず、本当に『実用化していいのか』を議論することも重要である。それが自然と人間の協調につながり、結果的に環境保護、脱炭素につながることになるだろう」
前出の平坂氏も「企業、消費者、環境の『三方よし』の考え方のもと開発を進め、人間中心の考え方に傾倒しすぎないことが肝要だ」と話す。
生物模倣は脱炭素社会実現の一翼を担う〝ピース〟になることは間違いないだろう。だが、それだけではなく、私たち自身の環境意識や企業の考え方も同時に変えていくことが重要になるのではないだろうか。
