2025年12月6日(土)

トランプ2.0

2025年5月22日

 トランプ大統領は去る4月2日、すべての国や地域を対象に、この「IEEPA」に基づき一律10%関税措置を発表しているので、向こう最大1年間は有効となる。

 また、「非常事態」に関しても「NEA」「IEEPA」のいずれの場合も、英語表現は「emergencies」と複数になっているため、一つの事態にとどまらずさまざまな国際環境の変化に応じて関税を発動する強大な権限を大統領に与える口実となっている。

「異常措置」と言える「国家非常事態」

 最大の問題は、今回のような一連の無謀ともいえる関税措置が果たして「IEEPA」条項にある「国家非常事態」に相当するかどうか、にある。

 この点について、大統領は関税措置を発表した当日の演説の中で「わが国は何十年にもわたり、敵国、友好国問わず貿易国に略奪され、強奪され、凌奪されてきた。わが国鉄鋼、自動車労働者、農家、熟練工の多くが深刻な苦悩を強いられてきた」と、いつもの誇大表現を使って理由を説明した。

 しかし、「IEEPA」そのものについては、制定以来、イラン原油輸入禁止、国際犯罪ジンジケートの資金遮断、新型コロナ感染危機に関連した旅行制限など含め、これまで60回以上、歴代大統領によって発動されてきたが、いずれも説得力のある非常事態であり、超党派の議会支持を得たものがほとんどだった。

 「IEEPA」に依拠した関税措置の適用は、トランプ政権前までは一度もなかった。しかも、今回は議会の支持もほとんど得ておらず、この点でもトランプ関税は発端から異常措置であったことを示している。

相次ぐ差し止め訴訟

 こうした問題を抱えた関税措置だけに、発動当初から差し止め訴訟が相次いだ。

 最初に行動を起こしたのが、市民の自由を政府などの公的組織から保護する目的で結成された「新市民自由同盟(New Civil Liberties Alliance=NCLA)」と呼ばれる法律事務所連合組織だった。

 NCLAは去る4月3日、フロリダ州の小さな文房具店経営者から「トランプ関税のために、主な取扱品である中国製の予定表、ノート、日記などの文房具の売り上げが価格上昇で激減した」との訴えを受け、連邦政府を相手取り、フロリダ連邦地裁に対する差し止め請求の訴訟に踏み切った。

 訴状の骨子は①トランプ関税の根拠とする「IEEPA」の条文のどこにも「関税」に言及した個所がない②同法は通常の国際商取引行為を無断で制限する権限を大統領に与えていない③今回の場合、米国は「異常かつ甚大な脅威」に直面していない④関税を結果的に米国民に課すことは許されない⑤従って合衆国憲法に抵触する――などから成っている。

 この差し止め請求に際し、コロンビア大学法学教授でNCLA代表のフィリップ・ハンバーガー氏は、「New Yorker」誌とのインタビューで訴訟の意図などについて以下のように説明している:

 「わが組織の狙いは、政府が商行為を含めた様々な市民の自由権領域に過度に踏み込むことを許さず、法律で認められた権限内にとどめることにある。今回のみならず、これまでにも政府、公的機関が個人の活動領域に立ち入る措置を講じるたびに、法律をタテにこれを阻止する戦いを続けてきた。大統領は『IEEPA』を関税措置の根拠とする際、中国、カナダ、メキシコなどからのフェンタニル麻薬流入阻止、不法移民入国制限などを挙げたが、これらはたんなる口実に過ぎず、『でっち上げの脅威』に過ぎない(中略)訴訟は最終的に最高裁に持ち込まれると思うが、最高裁は本来、条文の厳格な解釈を旨としてきただけに、条文の趣旨に反する大統領の措置を容認することにはならないはずだ」

 続いて、「言論、教育、企業活動などの自由の弁護」を目的とした別の保守系全米弁護士組織「Liberty Justice Center」も4月14日、連邦国際貿易裁判所に「トランプ関税は明確な憲法違反」との立場から連邦政府を相手取って訴訟を起こした。

 同組織は訴訟の冒頭で「合衆国憲法第1条は、外国との商取引、税金、関税などの権限は大統領ではなく、明らかに連邦議会に属することをうたっている」と強調した上で、トランプ大統領が発動した今回の関税措置は「IEEPA」が意図した本来の「非常事態」に相当しない根拠として、以下の論点を列挙した:

・「IEEPA」が意図した「非常事態」とは本来、「突然の危機」を意味しており、一定の期間続いてきた通商上の問題ではない。この点、同法起草の原点となった当時の「下院報告書」も「非常事態」の定義について「進行中の平時の問題」と混同してはならず、それ自体が「非常事態」であることを公式に宣言されていなければならない、と明記している

・トランプ大統領が関税発表に際して言及した「大規模な貿易赤字」とは、実際には過去何年にもわたって蓄積されてきたものであり、それ自体が「突然の脅威」とはいかなる意味でも解釈できない

・もしも、「IEEPA」の定義について曖昧性があるとすれば、法廷の判断に委ねられるべきであり、現に最高裁は2021年以来、大統領が重大な経済及び政治に関する決定を下す際に、連邦議会の明確な承認を必要とするとして、(承認抜きで下された)いくつかの大統領命令を「無効」としてきた

・法廷は、①「IEEPA」は関税行使の承認に言及していない②貿易赤字が「非常事態」であるか不明確③それが「異常かつ甚大な脅威」かどうかも疑問――という3点を考慮するならば、大統領命令に対し「無効」判断を下すことは当然である


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