勧善懲悪の世界を見事に描き
読者を惹きつける
もっともゴルゴが単にリアルな世界を描くだけなら、これほどの人気は博さなかっただろう。重要なのは任務遂行と表裏の関係にある勧善懲悪の要素である。多くの場合、巨悪や巨魁をゴルゴの銃弾が貫通する。
ときに名もなき被害者の無念をゴルゴが晴らす。この勧善懲悪との関係で見逃せないのは、戦後日本で封印されてきたナショナリズムの代弁者としてのゴルゴだ。ルーツが不明の日系人、デューク東郷。その出生伝説を描くストーリーは、いずれも先の大戦や敗戦が刻印されている。米国からの自立を図ろうとする登場人物たちと、米政府、米軍、米中央情報局(CIA)、米大手企業などとの緊張関係こそが見逃せない。
「東亜共同体」(91年7月、同社)では米国から自立した日本、ロシア、中国の共同体を目指す外務省幹部が焦点となり、天然ガスが重要な役割を果たす。東郷が東郷平八郎を連想させるように、東亜にはかつての大東亜共栄圏の語感がある。
1996年の三菱銀行と東京銀行の合併を先取りする作品ともいわれた「BEST BANK」(93年5月、同社)や「BEST BANK2 オフサイド・トラップ」(94年1月、同社)は、金融面での対米自立がテーマ。「PKO プライス・キーピング・オペレーション」(2004年3月、同社)ではドル安を放置する米国に業を煮やす日本の通貨当局者が、ドル基軸通貨体制に挑戦する。
いずれも米国の厚い壁にはね返され、溜飲の下がるストーリーではない。対米交渉で苦杯を味わった霞が関の官僚や丸の内の銀行員たちが、これらの作品に様々な情報を提供したことは想像に難くない。ならば2025年のリアルは何処に。
「格下も格下」。第1回の日米関税交渉に臨んだ赤沢亮正経済再生担当相は、突然登場したトランプ米大統領に度肝を抜かれ、そうへりくだった。その辺りが、対米自立を掲げて登場しながら、トランプ関税砲にオロオロする石破茂政権の偽らざる姿かもしれない。このまま振り回されるだけでよいのだろうか。多くの日本人がフラストレーションを募らせる中、ゴルゴは作品で新たなオペレーションに乗り出そうとしているはずだ。「用件を聞こう」。
