「生態系保護のための国際協力」への曲折
絶滅危惧種の保護をめぐる国際世論が高まりを見せた80年代に入ると、中国は外国への無償贈与を取りやめた。その代わりに、西側諸国へのパンダ短期巡回レンタルを通じて、門戸を大きく開いた改革開放中国の姿をアピールするようになる。
しかしこの手法は、パンダの保護そのものと西側諸国との関係の両面において混乱を引き起こした。パンダの高額なレンタル料と、パンダとともに関係者が外国訪問の機会を得ることは、改革開放初期の何かと懐事情が苦しかった中国側にはまたとない魅力であった。そこで、当初は中国動物園学会が中心となって行っていたパンダ・レンタル事業に対し、自然保護・野生動物を所轄する林業部が対抗した結果、レンタルの売り込み合戦と、そのための野生パンダの乱獲という本末転倒につながった。
これに対して世界自然保護基金(WWF)は、本来野生パンダ保護のために用いられるはずのレンタル料が、繁殖センターの建設拡張と捕獲に使われている実態を強く批判した。中国は当初WWFの批判に対し「主権の侵害」と激しく反発したものの、最終的にはパンダの展示と保護の包括的なバランスを取ることを選び、国際組織との対話を重ねた。
そこで94年以後、新たに外国に向かうパンダは「自然環境保護・繁殖研究のための国際協力」という枠組みの下に置かれることになった。この中で外国の動物園は、あくまで中国を中心とした保護・繁殖枠組みへの協力者という位置づけとされた。それゆえに、外国で生まれたパンダは一律に中国の所有とされ、一定の年限を過ぎれば必ず中国に引き渡さなければならないこととされた。
習近平思想の広報大使となったパンダ
果たせるかな、その後中国の国力が著しく増大し、習近平政権が既存の西側諸国中心のグローバリズムとは異なる世界観でグローバル社会をまとめ上げようとする姿勢を明確にすると、「パンダ保護をめぐる国際協力」という枠組みも、その中に深く組み込まれることになった。
習近平氏は、米国や西側諸国が基本的人権・自由の度合いを引き合いに出して権威主義国を批判し制裁することを強く批判する。そして習近平氏は、それぞれの国が自らの「国情」を踏まえて選び取った体制を互いに尊重することが、国際関係の安定と発展のための条件であると強く主張する。
そして、中国が中国なりの道を歩んでかつてない発展を実現し、同じように発展を望む多様な国に「一帯一路」を通じた恩恵を提供することで、「人類運命共同体」が構築されつつあると主張する。
この「運命共同体」構築において、自然環境保護はとりわけ重視されている。
かつて中国経済の急速な発展の中で、自然環境は少なからず荒廃し、様々な汚染が蔓延した。そこで、浙江省トップを務めていた当時の習近平氏は「緑の水と青い山は金山銀山」というスローガンのもとで環境改善に真摯に取り組んだことになっており、2012年に習近平氏が総書記に就任すると、「緑の水・青い山」はただちに全国的な政策目標となった。
こうして習近平氏は、「中国の自然環境保護の父」として君臨し今日に至っている。
そして20年代に入り、新型コロナウイルス感染症問題で西側諸国が混乱すると、習近平中国は米国や西側の没落を大音量で喧伝するとともに、「中国こそがグローバルな生態文明建設の貢献者・牽引役として様々な国々との協力関係を構築し、公平かつ合理的でWin-Winな環境保護システムを構築する」「中国は2030年を目途として、人と自然生命の共同体という理念を実現するべく、グリーン低炭素循環型発展の道を歩む」と高らかに謳うようになった(中国外交部定例記者会見・21年7月7日・14日)。
このような文脈とともに、近年パンダが絶滅の危機から脱して1800頭を超えるに至ったことと、そこに至るまでの国際協力は、中国を中心としたグローバルな生物多様性保護の象徴として祭り上げられた。したがって今後の中国のパンダ外交は、中国が主導する自然環境保護のための国際的協力という言説に合致するか否か、そして途上国も含めたWin-Winの「人類運命共同体」構築に資するか否かを、中国自身が厳しく精査し展開する段階に入ったといえる。
