「子縁」でつながる秋津地域のお父さん 

2014年5月13日

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岸 裕司 (きし・ゆうじ)

秋津コミュニティ顧問

1952年東京生まれ。広告・デザイン会社の(株)パンゲア代表取締役、習志野市立秋津小学校PTA会長時に秋津コミュニティ創設、会長を経て現在顧問兼秋津小学校コミュニティルーム運営委員会顧問。文部科学省委嘱コミュニティ・スクール推進員、学校と地域の融合教育研究会副会長、埼玉大学・日本大学非常勤講師、ほか。著書に『「地域暮らし」宣言』『学校を基地にお父さんのまちづくり』(ともに太郎次郎社エディタス)、『学校開放でまち育て』(学芸出版社)など。

「秋津釣りクラブ」結成!

 さて、それ以来「○く~ん、おじさんたちにも釣りを教えてよ!」とことあるごとに言っていたら、「じゃあ、釣りに行きましょう!」となり、彼のリードで近くの茜浜に釣りに行くことになりました。

 最初は人数があまり多くなってはリードする彼もこまるだろうからと、密やかに参加者を募ったのですが、それでも子どもからおじさんやおばちゃんまで30人くらいになりました。

 そのとき、参加者全員でひとつだけ約束したことは、「○君を『先生』と呼ぼう!」ということでした。

 当日は、「先生!」「釣りの大先生!」と、子どもから大人までみんなが彼を呼び、気持ちよ~く彼がリーダーになって、一日釣りを楽しみました。

 そして、すかさずその日に、〇君に世話役になってもらって「秋津釣りクラブ」というサークルを結成してしまいました。

励ましつつ、「待つ」ことも大切

 それから月日がたち、彼は大学を卒業して魚好きのためか水産問屋に就職し、今は函館で元気に働いています。

お父さんも夢中になる「工作教室」

 彼が函館に転勤になる前は、青森の八戸にある支店で働いていました。

 あるとき私は、青森での講演後に彼を誘い2人で「アレの会」をしました。

 私は彼のことを、子どもの時から「M」と下の名前を呼び捨てです。彼は私を「おじさん」と呼びます。

 彼女はできたのかとか、仕事は楽しいか、釣りに行ってるか、秋津にいつ帰るのか、とかのたわいのない質問を私は繰り出し、社会人になったMは楽しそうに応えてくれました。

 その席で、「もういいかな」と思い、思い切って彼に訊きました。

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