大石静の坂元裕二への挑戦
ドラマの冒頭から、まったくといっていい異なる環境に育った男女の出会いを描いて、観る者を引き込むことにかけて、脚本家の大石静の右にでるものは少ない。
大河ドラマ『光る君へ』(2024年)において、下級貴族の娘であるのちの紫式部(吉高由里子)と藤原道長(柄本佑)の少年と少女時代の出会いを描いた。当初の視聴率が低調だった。ヒロインの吉高が「リベンジ大河となる」と自信を示したように、見事な王朝絵巻を描いた作品は大河ドラマの傑作として評価された。
『大恋愛~僕を忘れる君と』(TBS、2018年)では、若年性アルツハイマーで記憶を失っていく医師役の戸田恵梨香と、元作家で引っ越し業のアルバイトをしていたムロツヨシを戸田の引っ越しシーンで出会わせた。彼女が好きな小説が、かつてムロが執筆した作品だったこともドラマの伏線として素晴らしかった。
阿部サダヲと松たか子コンビが、ドラマに登場するのは本作の『しあわせ』が初めてではない。『スイッチ』(テレビ朝日、2020年)では、学生時代からの付き合いである、検事役の阿部サダヲと弁護士の松たか子が、ある刑事事件を通じた対立関係に陥る。
脚本は『怪物』(是枝裕和監督、2023年)の坂元裕二。第76回カンヌ国際映画祭で日本映画初のパルムドール賞を獲得した際に脚本賞を受賞している。
阿部と松の同じコンビを起用して、大石静は異色のサスペンスによって坂元裕二に挑戦しているようにみえる。
ネルラが背負っている事件
ネルラ(松たか子)は、父の寛(段田安則)とその弟で叔父の考(岡部たかし)、そして弟のレオ(板垣李光人)と一棟のマンションで奇妙な共同生活をしている。舞鶴の魚屋から出発して缶詰メーカーとして成功したが会長職を追われた寛は最上階の4階、ゴルフのレッスンプロで料理がプロ級の叔父の考は3階、ネルラは2階、そして東京大学を休学してアイドルグループの衣装のデザインとスタイリストをしている、弟のレオ(板垣李光人)が1階である。
原田(阿部)は自分のマンションの部屋は、仕事用という名目で売却しないで保有している。ネルラと同居してみると、それぞれが他の部屋のカギを持っていて出入り自由であることに驚かされる。
ドラマの回を追って、登場人物たちの素性と関係性が自然と明らかになっている。大石の脚本の妙味である。しかも、物語の語り手は原田であるという意表を突いている。当事者にして、当事者ではない。夫にして元検事の弁護士の語りに客観性をもたらしている。
