2025年12月5日(金)

Wedge REPORT

2025年8月15日

新しい時代の農業に取り組む

 嶌田さんが言及した地元の果樹を育てる農家として参加しているのが、ふじむら農園の藤村真哉さん(46)だ。藤村さんは大学卒業後大手メーカーに就職したが、32歳の時に脱サラして親の農園を継いだ。当時の主力産物はりんご、竜胆の花、米、寒干し大根などだったが、藤村さんの代から桃の生産にも着手し、現在は完熟桃として直売所には行列ができるほどの人気となっている。

ふじむら農園の朝獲り完熟桃

 藤村さんはサラリーマン時代について「何のために仕事をしているのか、人と比較されて評価されることが会社のすべてのように感じていました」と語り、現在も「何のために農業をするのか」を常に自問自答している。

 しかし飛び込んだ農業生活は最初は順調とは言えなかった。特に2016年ごろはどん底で「損益分岐点を超えることができなかった。子どもが3人いて、子らの将来を考えると難しいと感じていた」という。そこで17年にふじむら農園のブランディングに取り組み始めた。19年には黒字化に成功、現在は高収入とまではいかないが、一家の生活と共に従業員に岩手県としては中程度の給料を支払えるまでになった。

 藤村さんは農業に真剣に向き合う中で、「この仕事を次世代に残していくためには何をすれば良いのか」を考えるようになった。今年の夏は岩手でも連日35度超えの猛暑で、「そんな中で従業員に作業をさせることに罪悪感を抱くようになり、この罪悪感を自分の子にも背負わせるのか、と思うと農業を継いで欲しいとは思えない部分もあります」という。

 そこで取り組んでいるのがSDGsの導入だ。まず自分の土地にソーラー発電を設置し、そこからの収入が生活の助けにもなった。農業をする中でドイツに10日間研修に行き、欧州の再生可能エネルギーの導入に興味を持ったこともきっかけとなった。しかしメガソーラーを導入したい、と考えたが東北電力から「送電線に対応能力がない」と断られる、ということも経験している。

 農業を持続させるためには過酷な環境に対応していくしかない。しかし社会のシステムを変えるには時間がかかり、子育て世代である藤村さんには待つだけの余裕がない。それならば自分ができる範囲で新しいことに取り組むことが先決だ、というのが藤村さんのポリシーだ。今はソーラーを増やして農園に使用する電力を賄うカーボンニュートラルな農業を目指す、農作業に使用する軽トラックにEVを導入する、などの計画を持つ。

 現在桃やりんごは直売の形で売り切れるほどの人気だが、あくまで地産地消である。そんな藤村さんがいわてグローバル人材育成プロジェクトに参加するのは、世界情勢に興味を持つからだ。藤村さんの夢は海外ハイテク株に投資を行い、そこで得た資金を元に投資会社を設立することだ。同じような志を持つ仲間の事業に投資し、小規模であっても「長い将来まで日本を支える為に「農地」と「人=技術」を残していくことが私たちの本当の使命だ」という目的に向かう。

 さらに藤村さんを支えるのは岩手の高校の先輩にあたる宮沢賢治の言葉だ。

新しい時代のコペルニクスよ
余りに重苦しい重力の法則から
この銀河系を解き放て
衝動のやうにさへ行はれる
すべての農業労働を
冷く透明な解析によって
その藍いろの影といっしょに
舞踏の範囲にまで高めよ
(「生徒諸君に寄せる」宮沢賢治より)

 この言葉に触発され、新しい時代の農業に取り組む。その中で辿り着いた一つの答えが完熟果実の販売だった、ともいう。日本の平均就農人口年齢は69歳。その中では若手である藤村さんのような存在が、日本の農業の未来を変えていくのかもしれない。

ふじむら農園、藤村真哉さん
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