2025年12月5日(金)

深層報告 熊谷徹が読み解くヨーロッパ

2025年8月21日

 フィンランドは、このように苦汁を飲まされた経験からロシアに対する警戒心を解かず、東西冷戦が終わった後も徴兵制を廃止しなかった。欧州ではバルト三国と並んで、ロシアという「猛獣」の隣で生きていく術を最も良く理解している国だ。ゼレンスキー大統領が彼にワシントンへの同行を求めたのは、ワシントンの会議でウクライナのドンバス地方の割譲や、ウクライナとの領土交換がテーマになる可能性があると考えたからだろう。

 さらにストゥブ大統領は一時プロゴルファーを目指したほどのゴルフの名手であり、トランプと一緒にプレーした経験も持つ。このためルッテ事務総長、メローニ首相とともに欧州ではトランプ大統領と最も仲が良い首脳の一人だということも、今回の会議に加わった理由の一つだろう。

停戦か平和条約か

 ただしゼレンスキー大統領、そして欧州諸国が越えなくてはならないハードルは多い。まずワシントンの首脳会議では、ロシアとウクライナが停戦(ceasefire)について合意するべきなのか、それとも平和条約(peace treaty)を結ぶべきなのかについても意見の一致が見られなかった。

 ウクライナ政府とドイツ政府は、ロシアとの交渉の前提として、まず同国を停戦に合意させることを要求している。メルツ首相は、報道陣に公開されたオープンセッションでも、トランプ大統領に対し「まず停戦合意が必要だ」と強調した。

 その理由は、首脳たちがウクライナ和平について話し合っている間も、ロシアが今なおウクライナの町を連日のように攻撃し、多数の市民を殺傷しているからだ。たとえばロシア軍は8月18日にハルキーフの団地を自爆ドローンで攻撃して7人を殺害した。犠牲者の一人は、一歳半の幼児だった。

 国連のウクライナ人権監視局(HRMMU)によると、2022年2月にロシアのウクライナ侵攻が始まって以来、1万3883人のウクライナ市民が死亡し、3万5548人が重軽傷を負っている。欧州諸国は、ウクライナ市民の死傷者の増加を食い止めるために、プーチン大統領にまず停戦に同意することを求める。

 だがロシア側は停戦を拒否し、平和条約について話し合うことを求めている。プーチン大統領は、ロシアが希望する全ての条件が満たされるまで、平和条約に調印しないだろう。

 ロシアが停戦を拒否する理由の一つは、欧米と平和条約について交渉している間もウクライナの市街地を攻撃して市民を殺傷し、交渉相手にプレッシャーを与えることができるからだ。さらにプーチン大統領は、NATOに対し、ウクライナをNATOに加盟させないという保証を求めるだけではなく、NATOの旧ワルシャワ条約機構加盟国からの撤退も要求するかもしれない。したがって平和条約のための交渉には、停戦合意よりも時間がかかる。

 トランプ大統領も停戦合意はしばしば破られるので、初めから平和条約を目指すべきだと主張している。ウクライナと欧州諸国にとっては、いかにしてトランプ氏とプーチン大統領に停戦に同意させるかが、最初の難関だ。

米軍はウクライナ平和監視軍に参加するか?

 ウクライナにとって、中期的に最も重要なのが、安全の保証(セキュリティ・ギャランティー)の内容だ。2014年のドンバス内戦でも、プーチン大統領は独仏の仲介で停戦に合意したが、その合意をしばしば破った。このためゼレンスキー大統領は、ロシアが停戦に合意したり平和条約に調印したりした後も、ウクライナへの再侵攻を行う危険があるとして、ロシア軍とウクライナ軍が対峙する地域に、NATOを中心とした停戦監視軍または平和維持軍を配置することを求めている。

 トランプ大統領は、「プーチン大統領はウクライナに安全の保証を与えることに同意した」と語っているが、その内容については、まだ確認が必要だ。これまでプーチン大統領はウクライナにNATO加盟国の部隊など、外国軍が進出することに全面的に反対していたからだ。したがって、プーチン大統領がNATOの平和維持軍のウクライナへの進駐に同意するとは思えない。つまり重要なのは、安全の保証の細部(ディテール)だ。


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