安全の保証の中で最もデリケートで重要な点は、平和維持軍の構成だ。ゼレンスキー大統領は、今年春の時点では米軍がウクライナでの平和維持軍に加わることを希望していた。戦闘経験に乏しい英国やフランスの軍隊だけでは、戦闘経験が豊富なロシア軍に対する抑止力が十分ではないと考えたからだ。これに対し、多数の戦術核兵器と戦略核兵器も持つ米国が平和維持軍に加われば、ロシアの再侵攻を思いとどまらせる大きな抑止力となる。
だが今年2月12日に米国のヘグセス国防長官は、「ウクライナでの停戦監視任務に、米軍は参加しない」と発言した。8月18日にトランプ大統領は、記者からの「ウクライナに米軍を派遣するのか」という質問に直接答えることを避け、「我々は関与する。我々は欧州を助ける(we will help them out)」と述べるに留めた。彼の態度には、言質を取られまいとする様子が感じられた。
トランプ大統領は過去において、「米国は外国での戦争には極力関わらない」という姿勢を強調してきた。MAGA(米国を再び偉大に)運動に属する彼の支持者たちは、米国政府が外国での紛争には極力タッチせず、国内の治安を改善し、メキシコなどの国境警備を強化することを望んでいる。
ウクライナは、ガザと並んで現在世界で最も危険な地域である。トランプがここに米軍兵士を駐留させるとは考えにくい。万一ロシアがウクライナに再侵攻した場合、米軍がロシア軍と直接交戦する危険もある。
さらに米国も欧州とアジアで二正面作戦を戦う余裕はない。米国にとって世界で最も重要な軍事的ライバルは、ロシアではなく中国だ。米国は台湾有事の可能性に備えて、国防戦略の軸足を欧州からアジアへ移し始めている。
したがってトランプ氏は、米国のウクライナ平和維持軍への関与を、武器や弾薬、軍事偵察衛星からの情報などの供与に留めるだろう。
トランプ大統領は8月20日には、「我々は米軍をウクライナには派遣しない。平和維持軍は、欧州の仕事だ」と断言した。
ウクライナ平和維持軍の主力は欧州に
つまりウクライナ平和維持軍の主力は、欧州諸国が担わなくてはならない。ドイツ政府の諮問機関である科学政治財団(SWP)は、少なくとも15万人の部隊をウクライナに配備させる必要があるとみている。実に約7個師団の兵力だ。
英国、フランス、バルト三国などはすでに自国軍を派遣する用意があると発表した。ドイツ政府はウクライナに戦闘部隊を送るかどうかについては、まだ態度を明らかにしていない。ドイツはバルト三国の対ロシア抑止力を強化するために、すでにリトアニアに約5000人の戦闘部隊を常駐させている。強制力を伴う兵役義務の導入について議論はおこなわれているが、まだ法制化されていない。ドイツはレオパルド2型戦車やゲパルト対空戦車、自走榴弾砲など、多数の兵器をウクライナに供与してしまったので、自国軍のための兵器が不足している。
ただしメルツ首相は、前任者のオラーフ・ショルツ首相に比べてウクライナを支援する姿勢がはるかに積極的だ。このため、英仏が地上軍派遣に前向きな姿勢を示す中、ドイツがウクライナ平和監視軍への参加を拒否することは難しいだろう。ドイツの極右政党AfDや極左政党リンケは、8月19日にドイツ軍のウクライナ派兵に反対する声明を発表した。
ゼレンスキー大統領がしばしば言うように、同国はNATOに加盟できなかったためにロシアの侵略を受け、戦争がポーランドやバルト三国に広がることを防ぐためにも、ロシアとの間で苦しい戦いを続けている。今度は欧州諸国が「虎穴」に向かう番だ。ゼレンスキー・プーチン会談への道が初めて開かれた今、平和維持軍をめぐって、ウクライナを支える欧州の責任が今後さらに重くなることは確実だ。
