トランプ外交は大国外交であり、ロシアとの関係を改善するのみならず、ロシアの原油購入に対する二次制裁をインドにのみ科して中国には科さないことに表れているように、中国との間でも安定的な関係を目指し、インドに対する配慮は弱くなっている。従って、インドはこれまでと同じような形で利益を得ることはできなくなった。
しかし、米国に依存することの潜在的リスクは常に存在するのであり、トランプ政権になってこれが現実のものになったに過ぎない。その意味で中立的立場に立ち実利を優先する政策はやはり正しかった、というのがモハン氏の主張であろう。明示的な言及はないが、これは最終的にインドの「戦略的自律」政策に行き着く。
モハン氏の主張は示唆に富む内容を含んでいるが、全体を通して2点コメントしたい。
総じて欧米寄りなインド
ひとつは、確かに米国に対する過度の依存のリスクを十分に認識すべきこと、またトランプ政権になって「今日のウクライナは明日の東アジア」が従来とは異なる意味、例えば「米国がウクライナ問題でロシアと妥協しようとしているのと同様にアジアでは台湾問題を巡って中国と妥協するかもしれない」という意味で用いられる時がくる可能性は、全くないとは言えない。しかし、だからといって、日本が西側の一員としてウクライナを支援し対露制裁等に参加してきたことが間違っていたとは言えない。対米依存のリスク等は、仮にインドのような政策をとっていたとしても生じ得る問題だからである。
また、モハン氏はひとつ重要な論点に言及していない。それはインドが享受しているインド太平洋の安定は米国のプレゼンスとそれに基づく地政学的なバランスに依存しているのであって、その米国のプレゼンスを支えているのは外ならぬ日米安保体制だということである。
現状において、米国のプレゼンスを抜きにしてこの地域の地政学的バランスを語ることができないのも厳然たる事実である。よって、欧州におけると同様、インド太平洋においても予見しうる将来において米軍のプレゼンスを維持する方向で努力する以外にないのである。そのような中で日本は、ウクライナ戦争についてインドのような政策をとることはできないし、すべきでもない。
もうひとつ、ウクライナ侵略に対するインドの姿勢は決して中立ではない。石油資源の購入はロシアの継戦能力の維持に繋がり、実質的にロシアの侵略行為を支援している。
そもそも今日のインドがとる「戦略的自律」政策は、事実上欧米寄りの政策である。よってウクライナ侵略のような、既存の国際秩序に対するあからさまな挑戦に如何に対応すべきかという重要課題に対して、侵略者の側を事実上支援する行為は、インドが長年にわたって取り続けてきた「戦略的自律」政策の成果の一つである欧米との信頼関係を棄損するものである。ただ、インドとしてはロシア製兵器への依存を長期的に削減する方針を維持しており、長期戦略的な意味での「欧米寄り」の「戦略的自律」政策は変わらないだろう。
