「そのお坊さんは『人間の究極の幸せは、愛されること、褒められること、役に立つこと、人に必要とされることの4つです。愛されること以外は、働いてこそ得られます』と言われた。それで気づいたんです。人間の幸せをかなえられるのが会社なら、知的障害者を一人でも多く雇用しようと考えるようになりました」
もちろん、働く場を与えるだけでは十分ではない。褒めてもらえた、役に立てたと思えるまでには、上司や同僚の働きかけが必要だった。ましてや知的障害者であれば、なかなか思うように仕事を進められないというジレンマを、当人も同僚も抱くのではないか。
実際、最初は大山も「こうしなさい」と口酸っぱく指示したが、うまくいかなかった。彼女たちが毎日、いくつも信号を渡って出勤することから、字や数はわからなくても色は区別できると気づいた大山は、赤い蓋の缶に入った材料を量る時は赤い分銅を使うというような工夫を、次々と製造ラインに取り入れていく。
「こういう段取りを周りがとってあげれば、不安なく仕事ができるようになります。そうしたら、知的障害者だって『人の役に立ちたい、褒められたい』という思いはありますから、それに向かって集中してやるんです」
言われてやったのではなく、自分でやれたという気持ちにさせる。だからこそ、自分も役に立てたと思える。そうした環境設定を、大山は心がけ、その上でうまくやれた時は声をかけてきた。人は、誰かの役に立てたと思うと、もっといろんなことをやろうと貪欲になると、大山は言う。「知的障害者でも班長(3~4人の部下を束ねる)になろうという子は、みんなそうです。表情を見ればわかりますよ」
そして健常者の社員もまた、一生懸命な知的障害の社員に接していると、彼らの役に立とうという気持ちが生まれ、それが働く喜びになっているという。「一生懸命に教えてあげる。純粋な彼ら(知的障害者)がちゃんと身につけて成長する。それを目の当たりにするのは、やはりうれしいようです」
それが本来の人間だということを、
自覚しなければいけない。
こうした気持ちの循環は、大山の媒介なしには成立しなかった。「週に1回の失敗が2週間に1回になれば、成長したということです。5年もすれば失敗しなくなります」と事もなげに言う大山は、工場ではチョークを手に取り、厳しい表情で確認する。でもそれ以外では、慈しむように話しかける。たとえば切断の工程で黙々と働く男性に、「上手になったな。お客さんにも見せてあげなよ」と。