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2009年6月9日

 大山には、一人ひとりの生徒の成長を待ち、その頑張りを周囲に知らしめて自信をつけさせ、一方で生徒のしたことの責任は自分で負うというような、田舎の校長先生みたいな実直さ、飾り気のなさを感じる。そんな大山と接しているから、社員は働くことを通じて喜びを感じられるのだと思う。

 ただ、そんな悠長なことで経営はやっていけるのかという疑問もわくだろう。

 「ウチのことを新聞で読んだ北海道美唄市の市長さんが工場を誘致してくれたり、最近も粉の出ないチョークの開発で、大学の先生が応援に来てくれて製品にできたり。人のためにやっていると、みんなが応援してくれるんです」

 「だから国も、働くことが幸せという前提で世の中の仕組みをつくったら、もっと良くなると思います。おカネを搾って利益を上げる企業と、人の働く場を中心に展開する企業を振り分けて考えたほうがいいんじゃないだろうか」

 77年からは障害者雇用における国の助成金制度ができたが、それのみならず、こうした応援の連鎖が会社を支えていると、大山は語る。

 「知的障害者は正直であるがゆえに、口先だけの社員の言うことは聞きません。いくら叱っても、自分のために言ってくれていることには、彼らは鋭いですよ。だからわれわれも、本当に彼のことを思って声をかけているか、気をつけているかが問われてしまいます。ある意味では、現実離れした話に聞こえるかもしれません。でも、それが本来の人間だということを、今の人は自覚しなければいけないと思いますよ」

 確かにそうだろう。知的障害者が純粋だから、話が際立つ部分はあるが、人間の原点とは何かということを、大山は言っているんだと思う。働くとは、人と人のつながりの間でなすこと。つながりの中で、相手の役に立てたとか喜んでもらえたとかいう実感がきっと、その人の幸せになるのだろうし、成長の源になるのだろう。そのことを今、多くの人が忘れてしまっていることを、きちんと考えたほうがいい。

 仕事とは、幸せを感じられる機会であり、それは人と人の間で生まれるものだ。そして人間には、役に立ちたい、必要とされたいという根源的な欲求がある。そのことを思い出せば、たとえば職場の上司に、人としての気づかいがあるか、相手のことをわかろうという気持ちがあるかどうかが大事になるのかもしれない。

 働くということが稼ぎの手段に矮小化されたと指摘されて久しい。それは拝金主義の蔓延とか短期的に成果を求める風潮とかと無縁ではないだろうが、人間のことをわからないまま組織や仕組みだけつくっていい職場になったと考える上司が増えていることとも無縁ではないだろう。(文中敬称略)

◆「WEDGE」2009年6月号より

 

 

 
 

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