
地域共生への想い受け継ぐ「佐久間ダム竜神まつり」
ドン、ドドン、ドドンドンドン。荘厳な飛龍太鼓の音色に乗り、全長13mの巨大な竜神が地を這い、天を仰ぎ、空を舞う。60㎏もの体躯を自在に操るのは、いなせな半被姿の8人衆。ここは静岡県浜松市天竜区佐久間町、Jパワー(電源開発)が協賛する「佐久間ダム竜神まつり」の会場だ。毎年10月の最終日曜日、ダム建設中に殉職した人々の御霊を鎮め、地域の繁栄を願って「竜神の舞」が奉納される。
佐久間ダム・発電所は1956年に建設された。戦後復興期の電力供給を担う切り札として、激しく豊かな天竜川の水流を生かす国内最大級の発電設備を開発。難工事の末に誕生したダムは日本の土木技術史に残る金字塔といわれ、浜名湖とほぼ同じという潤沢な水量を誇る。発電所から生まれる約14億kWhの年間電力量は、今も変わらず日本一である。
全国61地点に水力設備を構えるJパワーにとって、佐久間ダム・発電所は原点ともいえる存在だ。また、水力、風力、地熱など自然の恵みから起こす再生可能エネルギーの事業にとって、地域との共生はまさに重要課題として同社マテリアリティにも刻まれる。そのためJパワーでは、地域行事への協力や人的交流、環境保全などの活動に各地で力を注いできた。佐久間ダム竜神まつりにも、その想いが込められている。
「歳月を経てその土地に馴染んだダムや発電所がまるで風景の一部となり、一種の観光資源となれるのはうれしいことです。ただ、高齢化や人口減少が進み、厳しい課題に直面する自治体も増えています。資源を使わせていただく事業者として、ともに生きる一員として、地域の持続的発展のために何ができるか。私たちも一緒に考えなければなりません」
Jパワー審議役(地域共生担当)の中谷博氏はそう話す。進行中の「NEXUS佐久間プロジェクト」もその一環。70年を経て高経年化した設備を一新して発電能力を高めるリパワリング計画だが、それだけでなく、水力発電と地域・流域、そこで暮らす人々が一体となり、新たな価値とエネルギーを生み出し続けるコミュニティの創出を目指している。
完成までの予定工期は10年である。この長期的な取り組みと並行して、今すぐできる具体的な行動も探し求めていたと、中谷氏は言う。その端緒となったのが、JR東海グループとの協業だ。
JR飯田線が結びつける 佐久間と豊橋の関係人口
JR東海の関連会社、豊橋ステーションビルの協力を得て、竜神まつりに絡めた地域活性化と誘客拡大のプロモーションが動き出したのは昨年7月。豊橋駅ビル「カルミア」でのPR動画の放映に、パネル展示、駅通路大型ビジョンを使った告知、JR東海名古屋地区在来線全線での中吊り広告(約1000枚)など、竜神まつり開催に照準を合わせた企画が次々に決まる。カルミアの販促イベントと連動した、佐久間ダム・発電所への見学ツアーや、佐久間地域の特産品セットが当たる抽選企画も実施した。コラボレーション成立の背景について、豊橋ステーションビルの吉村伸一社長はこう語る。
「鉄道3社6路線が乗り入れる豊橋駅の乗降者数は、1日約10万人。東海道沿線で指折りの存在です。共働き子育てしやすい街ランキング(日経BP)でも全国8位であるのに、知名度は今ひとつ。来館・集客の伸びしろはもっとあるはずと考えたときに思い浮かんだのが、飯田線沿線が擁する日本の重要インフラにして、国内トップの水力発電量を誇る佐久間ダム・発電所でした」
佐久間ダムの最寄り駅はJR飯田線の中部天竜駅。豊橋は飯田線の始発駅。地域は離れるが、二つを結べば人流を起こせるかもしれないと考えた。飯田線は山深い「秘境駅」で知られるマニア垂涎のローカル線だが、魅力はそれだけではない。富山県の黒部ダムとも並び称される本邦きっての大型ダム、佐久間がある。
「一人でも多く関係人口を増やすことが大切です。コラボで掛け算の効果を出しましょう」。吉村氏からの提案を受け、中谷氏も膝を打つ。かねてより、佐久間町の住民や自治体関係者と対話をする中で、「佐久間ダム・発電所がもっと知られるよう頑張ってほしい」と言われてきたからだ。地域活性化の起点にダムを置くことは地元の要望でもあった。
Jパワーは豊橋での連携をモデルに、浜松でも遠州鉄道と協業。中吊り広告や新浜松駅の大型ビジョン、全18駅のデジタルサイネージで竜神まつりをPRした。
異業種コラボで起こす 地域活性化という化学反応
「環境との調和をはかり、地域の信頼に生きる」を信条として地域共生へと傾注するJパワーと同様、JR東海グループにも地域の暮らしを重視する理由がある。『JR東海グループビジョン2032─「挑戦と実践」の現在地─』に次の一節がある。
──沿線都市と移動の価値を高め人々の豊かな暮らしを実現するためには、沿線自治体や様々な企業と連携し、相手先の持つ技術や経験、人的ネットワークなどといった様々なリソースに、当社グループの持つ強みを掛け合わせて〝化学反応〟を引き起こすことで、新しい価値を創りあげることが重要です──
キーワードの一つは「連携・地域密着」。主力の新幹線事業に加え、流通や不動産など非鉄道事業にも注力しつつ、顧客の範囲を鉄道利用者から沿線居住者にも広げていく方針だ。いきおい、在来線エリアの活性化と地域資源のPRは必須の課題となる。在来線事業を統括する東海鉄道事業本部長で常務執行役員の新田雅巳氏は次のように話す。
「当社の経営理念は、『日本の大動脈と社会基盤の発展に貢献する』ですが、この社会基盤というのは、在来線運営などを通じて地域の生活の支えとなることも含まれています。そのために移動を促し、人流を生み出すことは、当社にとっても、沿線地域にとっても非常に重要なこと。豊橋や飯田線に限らず、多くの面で協力しあえたらうれしい限りです」
沿線駅に集まり、多彩な観光コースを歩いて回る参加費無料のイベント「さわやかウォーキング」は、そうした同社グループの姿勢を表す象徴だ。年間約20万人の参加者を集め、過去34年でのべ600万人以上が参加した。年間約200コースがあり、1コースに毎回平均1000人近くが参加しているという。
点から線、線から面へ 全国へ広がる地域連携の輪
JR東海グループと協働する佐久間のプロモーションは今年も継続発展。カルミアでは昨年に続いてパネル展や特産品抽選会を行ったほか、新たに浜松ターミナル開発(滝澤一博社長)との連携が実現。JR浜松駅ビル「メイワン」でもパネル展、駅通路でのデジタルサイネージを展開するなどパワーアップを果たした。
さらには、遠州鉄道でも中吊り広告、動画放映を実施。「一過性ではない取り組みで、地元の皆様からも好評をいただけています」と中谷氏は笑顔を見せる。
なお、今年の佐久間竜神まつりは残念ながら雨天中止。JR東海では佐久間ダム・発電所などを訪ねる「さわやかウォーキング」の同時開催と、豊橋─中部天竜間に臨時列車「佐久間SW竜神まつり号」を走らせる計画で準備を進めていたが、さわやかウォーキングは中止となった。
Jパワーでは今春、広報・地域共生部が発足。異なる事業所の従業員が地域間を行き来することで地域共生活動を横につなぐ試みや、事業拠点ごとに地域の魅力をパネルで紹介する企画展を開くなど、一連の活動を加速させている。「当社の事業拠点は発電所を中心に、全国に約100カ所。その一つひとつに根を下ろす想いを込め、地域の方々と手を携えていきたいですね」(中谷氏)
拠点の取り組みは他者との連携で線に結ばれ、やがて大きな面となる。ともに日本の社会インフラを担う企業として、JパワーとJR東海が紡ぐ地域共生活動の輪が広がっていく。



