2025年12月13日(土)

WEDGE REPORT

2025年12月3日

 パレスチナ自治区ガザ地区をめぐり、トランプ米大統領が提案した和平案の第1段階が発効してから、まもなく2カ月が経つ。連載第1弾では、停戦合意で喚起に沸いたのも束の間、ハマスによる内部粛清で恐怖に怯えたガザの様子を報告した。第2弾では、その粛清を巡る混乱をハマス側、トランプ米大統領側、双方の思惑を交えながら一体、水面下で何が起きていたのかを探る。

11月29日、ガザ市でイスラエル軍の空軍および地上軍の作戦によって破壊された跡を通り過ぎながらパンを運ぶ少女(AP Photo/Abdel Kareem Hana/AFLO)

 トランプ米大統領主導の和平案の第一段階合意まもなくして、SNS上で拡散されたハマスによる内部粛清動画。ようやく平和が訪れると安堵していたガザ市民を「今度は内部の戦争が始まってしまった」と震え上がらせた。

実は、ハマスの粛清行為に対して、トランプ大統領は一度「承認」するかのような発言をしている。

「彼ら(ハマス)は非常に悪いギャングを排除している」
「我々は彼らに一定期間の承認を与えた」

 ――ハマスがガザ内部で進める「治安作戦」を一時的に認めたと捉えられる発言だ。ハマス側はこれを、国際的な“お墨付き”を得た、あるいは粛清を含む治安対策への同意が与えられたかのように利用した可能性は多いにある。

 なぜ、トランプ氏は当初、ハマスの粛清行為を容認するような形を取ったのか。そこには、ガザの安定化・秩序回復のための“当面の妥協”を目指す意図があったと考えられる。ハマスがガザ内部で治安維持を実質的に引き受けることで、武装氏族や犯罪組織による無秩序を抑制し、「治安の空白」が生じるリスクをある程度低減することが出来る。

 そもそもハマスを完全に排除・武装解除させるのは、現時点で先行きが見えない難題だ。そのため、ガザの事実上の治安主体である限りハマスに一定の責任を負わせ、統治移行を図るという戦略を取らざるを得ない。

 従って、「ハマスには武装解除までの過渡期としてガザ内部の一定の治安活動を担わせる」という現実的な折衷案が取られた可能性がある。“完全な敵(排除すべき対象)”ではなく、“交渉対象”としてある意味で対等にハマスを扱おうとしていることは、米国のウィトコフ中東担当特使とトランプ氏の娘婿クシュナー氏が、ハマス幹部らと異例の直接会談に臨んだと報じられたことからも窺える(米ネットメディア・アクシオス)。

 ハマスをテロ組織として指定してきた米側が、交渉の対象として直接対話したことは極めて稀な事例だ。米側には少なくとも停戦を維持し、再建フェーズに移行させたい意思が垣間見える。

 しかし、実際にハマスによる残虐な公開処刑映像が出回ると、国際社会や人権団体などから次々とガザ内部での粛清行為に非難の声が上がった。国連の特別報告者・フランチェスカ・アルバネーゼ氏もXで次のように警告した。

「ガザで起きているパレスチナ人同士の暴力の激化を強く非難する。ハマスおよびすべてのパレスチナ武装組織(それが抵抗組織であれ、占領軍によって武装させられたものであれ――)は、対立者の処刑をただちにやめなければならない。ガザはすでに十分に苦しんできた。これ以上の暴力に値しない」

(Francesca Albanese 公式X投稿 2025年10月20日)

 こうした批判が相次いだことを受けてか、トランプ氏は即座にハマスの残虐な行為を認めない強硬姿勢に転換した。翌日以降、「ハマスは自ら武装解除するか、さもなければわれわれが解除させる」、「迅速かつ暴力的にだ」と警告。

 さらに、自らのソーシャルメディアの「トゥルース・ソーシャル」には、「ハマスがガザで人々を殺し続けるのであれば、合意にはないことであり、私たちはガザに入って彼らを殺すほかない」と一転して強気の投稿をするなど、一貫してハマスに厳しい姿勢を示し始めたのだ。

 こうしたドタバタ劇について、ガザ市民の男性は皮肉を交えてこう述べる。

「停戦合意の成立に向けて“多大な努力を払った”トランプ大統領に、改めて感謝を。どうやら、トランプとガザ指導部の“ハネムーン期間”は終わってしまったようです」

 このトランプ氏への「感謝」という言葉には、停戦交渉の仲介をしながらも米国は実質的にイスラエル側の立場を支えていると感じる、ガザ市民の悲しい皮肉が滲んでいる。当初は、米国とハマスの間で異例の直接対談が報じられるなど順調なムードが演出されてきたなかで、ここへ来て再びイスラエルを支持する発言が繰り返されたことで、交渉の行方を固唾を飲んで見守ってきたガザ市民らにとっては「遂にハマス指導部とトランプ氏の関係が決裂してしまった」と失望、今後を憂え始めているわけだ。


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