しかし、当のインドは伝統的にどの陣営にも属さない「非同盟・中立」であるばかりでなく、現在は「戦略的自律」を明確に打ち出す。米中二元論からインドをフレーミングしようとする日本に対し、(米・中の極とは距離を置いた)独立極としての自信を強めるインド的世界観が存在しており、実は日印相互の外交認識ギャップが深まるリスクがある。
現在の米中覇権対立下における印中接近や、近未来にあり得る米中印G3構造は、日本側の外交コスト計算に多大な負荷をかける不都合なシナリオだ。日本の対処案・処方箋は、色眼鏡を外した丁寧な現状分析と未来への大胆な準備である。
トリウム燃料炉というジョーカー
「印中合作」はあり得るか?
技術革新による印中接近という大波のシナリオも想定しておくべきだ。とりわけエネルギーや食料など安全保障上の根幹をなす物資の流れには警戒しておきたい。
中国は重レアアース覇権確立のために長年にわたって技術と生産体制への投資を行ってきたことが知られる。それと同等に強力な「ジョーカー」を手に入れるため数多の科学技術・産業領域に国家的に種を播いている。何万もの種のほとんどは失敗するが、そのうち数百の芽が出て、最後に本物の「ジョーカー」になるのは数個程度だ。日本側は、「ジョーカー」前の適切な萌芽段階で、遅きに失しないよう埋没コストを厭わず対策を講ずることが肝要だ。
萌芽段階の国家プロジェクトの例を挙げたい。25年11月1日に中国国営新華社が、甘粛省武威市に建造されたトリウム溶融塩炉TMSR−LF1(トリウム燃料炉)の原発用途・実験炉稼働を報じた。炉にトリウムを入れ、トリウム・ウラン転換を行いながら運転するものだ。トリウム燃料炉自体は米国が1960年代にエネルギー省直轄の国立研究所で発明され実際に稼働していたが、米国は軍事的意図もありウラン燃料炉を重視、トリウム燃料炉の技術開発は中断された。
中国は2035年での大規模稼働・商業化を目指して実験を重ね、材料腐食やウラン233サイクル再処理といった問題克服を主眼に開発を進めている。トリウム燃料炉は小型化も容易で柔軟な都市設計メリットをもたらすだけでなく、商業的インフラとして「一帯一路」に協調する貧しい途上国に廉価で輸出できる可能性も持つ。
西側やロシアが燃料資源を抑えるウラン、そしてウラン燃料炉(軽水炉・重水炉・高速炉など)が原発の主流だったが、仮にトリウム燃料炉が商業炉として技術確立すれば世界的燃料資源にウランサイクルからトリウムサイクルという新レイヤーが誕生する。単なるトリウム燃料炉製造というハード技術だけでなく、トリウムサイクル安全保障戦略を狙う中国の戦略意思が透ける。
実はトリウムはレアアースの精錬過程で発生する厄介な「放射性廃棄物」であったが、トリウム燃料炉の技術確立は放射性廃棄物を重要資源に変える錬金術だ。中国は、他国に依存しない原発用燃料を自国内で大量入手できることになる。現段階では絵空事であって失敗計画になる可能性は十分にあるが、すでに有象無象の「種」段階は脱し「萌芽」段階だと認識してよいのではないか。
