2026年3月16日(月)

酷似する 「戦間期」と現代

2026年3月16日

 大戦争やそれに類する長期的かつ大規模な国際対立が終結した直後には、多くの人々が「あんな戦争は二度と繰り返してはならない」と叫び、「平和と協調の時代」の到来が求められるのは歴史の常である。

 かつて19世紀のヨーロッパでは、約20年にわたるナポレオン戦争の後、100年の平和を構築したのは、「力の均衡」を重視する現実主義に基づく多極協調の秩序を築いた「ウィーン体制」であった。他方、第一次世界大戦後の、あの戦間期には「ヴェルサイユ体制」に戦後秩序は託され、理想主義を掲げ「力による平和」を忌避する国際秩序が築かれた。その象徴として1920年に国際連盟が発足した。国際連盟規約という国際法の画期的な枠組みが築かれ、「法の支配」のもと、各国が対話と協調を重ねることで平和が保たれるという崇高な理念が掲げられた。それはまさに、「平和と協調の時代」を望み、人々が希望に燃えた時代でもあった。

 その意味で、戦間期は人々にとって「安息の時代」であるとともに、「理念を共有する国際協調によって平和な時代が長く続く」という楽観主義(オプティミズム)とユートピア志向が横溢した時代でもあった。

 だが、国際秩序に永遠はなく、常に変化してやまないことが「歴史の本質」である。

 29年の世界大恐慌から31年の満州事変、そして33年のナチス・ドイツのヒトラー政権の誕生などにより、国際連盟は機能喪失に陥り、国際秩序は〝カオス化〟し、第二次世界大戦へと突き進んでゆく。

 翻って現代では、2022年2月のロシア・プーチン政権によるウクライナ侵攻、もっと遡れば、08年のジョージア侵攻や14年のクリミア侵攻は、大きく暗転する現代につながる「歴史的転機」だった。しかも、ロシアの拒否権を前に国連は、かつての国際連盟同様、全くといっていいほど平和の回復には寄与できないことが明らかになった。湾岸戦争時(91年)の「これからは国連の時代だ」と言われたあのオプティミズムは、ロシア・ウクライナ戦争を前に粉々に砕け散った。

 それだけではない。中国は10年代に入り、南シナ海で次々と大規模な埋め立てを行って人工島を造成し、国際海洋秩序に挑戦して軍事要塞化を進め始めた。しかも、公海である南シナ海の領有権問題を巡って、中国の主張を否定した国際機関である常設仲裁裁判所の判決に対して「ただの紙くずだ」と評して無視し、さらには、武力による台湾統一を否定せず、米国の覇権に取って代わろうと野心をむき出しにし、世界各地域で着々と布石を打ち始めている。

 問題なのは、ロシア同様、中国の覇権主義的な動きにどの国も、どの国際機関も対処しかねていることだ。このままでは、暗転の動きがさらに加速し、ついには国際秩序の全面崩壊が避けられないだろう。

米国によるベネズエラ侵攻
パックス・アメリカーナの陰

 こうした状況の中で第2次トランプ政権が誕生し、今年1月3日には、突如、中南米のベネズエラに軍事侵攻し、マドゥロ大統領夫妻を拘束して世界の人々を驚かせた。

 だが、この光景を目にした時、私には「韻を踏む」かのように、歴史のパターンとして100年前の膨張主義の米国が現代に再び姿を現し、大英帝国の覇権に挑戦してのし上がった攻撃的な「パックス・アメリカーナ」の〝陰〟の部分を見たように思えてならなかった。なぜなら、こうした米国による臆面もない中南米への軍事侵攻は、過去に幾度となく繰り返されてきたからである。

※こちらの記事の全文は「Wedge」2026年3月号に掲載されている「酷似する「戦間期」と現代 第三次世界大戦を防げ」で見ることができます。

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Wedge 2026年3月号より
酷似する「戦間期」と現代 第三次世界大戦を防げ
酷似する「戦間期」と現代 第三次世界大戦を防げ

「新しい戦前になるんじゃないですかね」─。今から4年前、テレビ朝日の『徹子の部屋』でタモリさんが口にした言葉だ。 どのような意図で発言したのかはわからない。ただ、コロナ禍だった当時、全体主義体制を称揚するような空気が漂い、議会制民主主義の危機も顕在化し、「1930年代」に時代が近づきつつあると感じていた私は、その言葉に妙な〝重み〟を覚えずにはいられなかった。 昨今の様々な出来事を見るにつけ、その感覚は確信へと変わった。時代は、当時の「戦間期」を思わせる局面に入り、大国指導者が世界の行方、人類の運命を左右する時代になったのである。このままでは、最悪の場合、第三次世界大戦が起こる可能性も否定できない。 ただ、もし戦争になったとしても、大国指導者たちが戦場に行くことはない。いつも犠牲になるのは、市井の人々である。 英国を代表する歴史家、A・J・Pテイラーは、『ウォー・ロード 戦争の指導者たち』(新評論)最終章で日本のことを取り上げ、こう指摘している。「日本は戦争の指導者はただの一人もいなかった」 つまり、指導者不在のまま、日中戦争、太平洋戦争へと突き進み、日本は破滅したのである。当時、大衆も熱狂し、政治はそれに流された面もある。 一度始まった戦争を終わらせることは容易ではない。それは4年が経過したロシア・ウクライナ戦争を見れば明らかである。動乱の時代、今こそ歴史に学び、教訓、希望を見出し、この危機から「脱出」する必要がある。


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