2026年4月16日(木)

Wedge REPORT

2026年4月16日

 労働者正規化の受け皿になる大企業は「労働法制の壁」で大規模化に消極的になり、零細事業者の正規化は「税制からの回避」で妨げられてきた、という歴史です。

 それなら、正規化に向けた抜本的な取り組みのために、国策としてまずは大量の正規雇用を生む近代的な正規化鉱工業企業などを発展させることに向かって動けば良いじゃないか、そして肝となるガチガチの労働法改革を実施して事業者(大規模工場)の雇用正規化を促せば良いじゃないか、と考え至るわけですが、インドは中国と異なり、民主主義国であり普通選挙を実施するという点が足かせになっています。

 政府側としても、インフォーマル経済を即座に「お取り潰し」にすることは不可能ですし、労働人口の約90%を占め、GDPの約3分の1を生み出しているセクターを破滅させるような急進的なやり方は国を破綻させることを理解しています。中国でもコロナ禍での都市内労働力を吸収する雇用対策として、当時首相だったリカチャン(李克強)氏が呼びかけ、また2023年にも不動産バブル崩壊ショック期に推進させた「露天経済」というものがありましたが、これは建設業以外でのインフォーマル経済の受け皿(営業許可基準が低い)のようなものでした。同じくインドでも、正規労働者として職を失った者でも容易に非正規事業者として参入できるという意味で、インフォーマル経済が景気の波を受け止めるクッションとして機能しているという見方もあります。

 当局としては、インフォーマル経済に対して情報把握が少ないことが課題でしたので、2021年8月には、非正規労働者の全国データベースを構築するための「e-Shramポータル」が開始されており、2023年半ばの時点で、約2億9000万人がe-Shramに登録しています。

中国のような〝サイコパス〟になりきれない弊害

 確かにモディ政権の「開発独裁」とも言える方向性は、労働改革(数十の法律を、賃金、労使関係、社会保障、労働安全衛生に関する4つの新しい労働規約に統合する労働法の抜本的な改革)を含む規制緩和や自由主義的政策の推進を通じて、近代的な正規化企業の増加発展を促しています。

 一方で、労働改革は、労使関係において解雇も容易になるなど使用者側のパワーを強め、労働者の権利が希薄化されるものとして認識されているため、正規労働者を中心とした労働組合だけでなく非正規として出稼ぎ労働をする農民からも反対されています。

 具体的な動きとして、2019年から2020年にかけての新労働規約の可決では中央労働組合が激しく反対しましたし、2024年9月にはインド全土で数千人の労働者が抗議のデモ行進を行い「労働者の犠牲の上に多国籍企業を優遇している」と主張し4つの労働規約の撤廃を要求しました。

 デモなどの政治闘争は、長期的視野で国家発展のためにインフォーマル経済を脱するための場所とルール(正規化企業と正規化雇用を促す法制度)を用意しようする正規化推進派イデオロギーと、同時に発生した、長期的にはインフォーマル経済を脱したい(正規化労働者となること)ものの短期的視野での不利益(労働者権利の低減)には断固反対する非正規維持派イデオロギーの対立です。

 大資本家は前者、すでに正規化されている正規労働者は後者。零細非正規事業者や農民とその他の非正規労働者は長期視野を持っていれば正規労働者化をいつか望めるという点で前者を選び、短期視野に立つならば後者を合理的に選ぶでしょう。結果として、ポジションが揺れ動く大票田のインフォーマルセクターの有権者を与野党がどう取り合っていくのかという複雑な政治力学を生んでしまっているわけです。

 まさにこの点が、サイコパスに(人民個々人の超ミクロな短期意思など尊重せずに)国の政策を長期合理性一点突破でバカスカと変えていった改革開放初期の成長黄金モデルの中国とは異なる点です(※国家としてウマくいっても、個人の主張が封殺される中国の体制が、その籠の中に住むひとりの人間として幸せかどうかは別の話ですが)。

 インドが、当時の中国と同じ爆速経済成長軌道にあるという想定は、正しくないかもしれない、と留意しておく必要がありそうです。インド国内の労働経済構造とその劇的な改善を拒むイデオロギー政治対立構造になってしまっているため、砂上の楼閣(幻想)かもしれないのです。

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