2026年4月28日(火)

Wedge OPINION

2026年4月28日

 例えば、WHO改革をめぐる議論では、組織の効率化や本来の規範設定機能への回帰を求める先進国側と、WHOが現場での支援活動を縮小すれば自国への資金や支援が減ると懸念する途上国側との間で、議論が平行線をたどる場面があった。そうした局面で日本は感情的な対立を煽ることなく、データや事実に基づいて双方の主張を整理し、議論の着地点を探る発言を重ねていた。日本がいなければ、低中所得国側に議論を押し切られていたのではないか、と感じた瞬間が一度ならずあった。

 なぜ日本は他国から信頼されるのか。その答えは、戦後日本が積み重ねてきた国際協力の歴史にある。日本の開発協力は戦後補償を一つの起点としながらも、その後「国際社会の平和と発展への貢献」という理念のもとで発展してきた。とりわけ「人間の安全保障」──すべての人が恐怖と欠乏から解放され、尊厳をもって生きられるという普遍的価値──を国際社会に提唱し、国連の政策議論の中に定着させてきたことは、日本外交の重要な知的貢献といえる。

協力の蓄積から生まれた
日本に対する信頼

 技術協力、人材育成、制度構築を重視し、相手国の自立を促すこの関与のあり方は、ODAを戦略的利益と直結させてきた国々とは一線を画すものとして、アジアを中心に広く評価されてきた。こうした協力の蓄積こそが、対立を超えた対話を可能にする信頼の根拠となっている。

 こうした信頼の蓄積が、具体的な成果として結実した例の一つが、25年に日本に設置されたユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)ナレッジハブだ。このハブは、日本が長年にわたって育んできた国民皆保険制度や高齢者医療・介護の経験を国際社会と共有するプラットフォームであると同時に、高齢化や医療・社会保障費の高騰という日本自身が直面する課題に対して、諸外国の好事例から学ぶ場でもある。日本から世界へ、世界から日本へという知識の双方向の流れが、ハブの核心にある。このような拠点が日本に置かれた背景には、WHO・国際社会との長年の関係性と、日本がこれまで国内外で積み重ねてきた取り組みへの評価がある。

 だからこそ日本は、今のWHOの場で独自の役割を果たしうる。財政難とガバナンスへの不満から先進国と途上国の溝が深まる中で、どちらの側にも耳を傾けてもらえる立場にある国は多くない。日本がWHO改革の議論に積極的に参加し、規範設定機能の回復と財政の透明化を促す声を上げることは、グローバルな公共財を守ることであると同時に、日本自身の国益にも直結する。

 中国がアフリカ諸国との連携を通じてWHO内の影響力を着実に高めている現実がある。米国が脱退した今、日本が存在感を薄めれば、国際保健のルール形成は特定国の論理によって塗り替えられかねない。

 その一方で、感染症対策やAMR規制の分野では、中国との技術的・科学的な対話を継続することが地域全体の利益にもなる。対立をあおるのではなく、ルールに基づくガバナンスを堅持しながら、課題ごとに対話の回路を開いておく姿勢こそが、日本の役割にふさわしい。

 もう一点、時節柄触れておきたいことがある。テドロス現事務局長の任期は27年8月に満了する。次期事務局長の選出は、WHOが今後どの方向に向かうかを左右する重要な局面だ。米国が不在の中で行われるこの選出プロセスにおいて、日本を含む中堅国がどのような候補者を支持し、どのようなWHO像を描くかは、組織の方向性を実質的に規定することになる。執行理事国として議論の場にいる今こそ、日本がこの問いに正面から向き合う好機でもある。

 日本がWHO改革の議論に積極的に参加し、規範設定機能の回復と財政の透明化を促す声をあげていくことは、回り道のようでいて、日本自身の安全と健康を守ることにもつながっていく。

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Wedge 2026年5月号より
造船立国ニッポンへ 「復活の号砲」を鳴らせ
造船立国ニッポンへ 「復活の号砲」を鳴らせ

かつて日本は世界一の建造量を誇ったが、現在、韓国、中国に大きく後れをとっている。 日本政府はここに来て、造船のテコ入れ開始を決めたが、その道のりは険しい。 島国である日本にとって、「海上輸送」がなければ企業活動も、生活も成り立たない。 日本の造船業が抱える課題や造船大国へと変貌した中国の実態と対抗策を示すと共に、 造船業は国家の「生命線」であることを改めて問い直す。


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