極限状態の中で
最後にして最大の砦は?
将来に希望が持てない状況の中に、力強く見える指導者が現れ、「この人なら自分たちを救い、導いてくれる」「この人たちなら、きっと閉塞感ある状況を打開してくれる」──。安心を求める人々がそう思うのはいつの時代も同じだ。
ナチス時代のドイツで起きたことは、程度を変え、形を変えていつの時代にも、どの国、どの集団でも起こりうると岡氏は言う。
ロシア・ウクライナ戦争や、中東情勢の緊迫など、混迷を極める時代の中で、世の中に流布する様々な(偽)情報やプロパガンダに惑わされず、自らの「ものさし」や「軸」を持つことがますます重要になっている。それまでの人生経験や人生観、様々な学びは、その防波堤にもなりうるからだ。
岡氏は現在、ナチス体制下で仲間たちとともに「反ナチ活動」をしたごく普通の若者たちを描く『ナチスに抗した若者たち その生き方を問う』(筑摩書房)を執筆中である。
今年6月に刊行予定の同書の中から、興味深いエピソードを語ってくれた。
「ナチス政権下の中等教育学校に、生徒たちに対して古典文学や美術などを徹底的に学ばせた女性教員がいました。彼女は生徒たちがナチスのプロパガンダに惑わされず、自律的な思考をもつ人間に育ってくれることを願っていました。けれども、この時代に、ナチス批判のことばを口にすることはできません。
そこで彼女は、生徒の前では政治の話は一切せず、ただひたすら、文学や美術、建築などの奥深い世界を生徒に伝え続けました。作品を通じて生徒たちは『人間とは何か』『社会の本質とは何か』を自ら考える力を育んでいきました。
やがて、誰に言われずともナチスの『浅薄なプロパガンダ』に気づいた生徒たちは、大学生になると、本格的な反ナチ活動に身を投じていったのです」
だが、若者たちはなぜ、国家政策よりも自分の価値観や考え方を「正しい」と信じ続けることができたのだろうか。
それこそが同じ思いをもつ仲間の存在であった。自分はひとりではない。信頼できる仲間がいるという確信は、彼らにとって何物にも代えがたい勇気の源となったのである。
苦境におかれた人間にとって、最後にして最大の砦こそ、「人」の存在だと岡氏は言う。
「いつの時代も未来を変えていく原動力は人間同士の連帯にあるのです」
彼らの行動と勇気から何を得て、何を学ぶのか──。ナチスの時代に「人としての正義」を信じ続けた人々は、時代を越えて今を生きる私たちに、その問いを投げかけている。
