2026年5月25日(月)

医療神話の終焉―メンタルクリニックの現場から

2026年5月25日

 ちなみに、先の8ヵ国国際比較論文(Evans-Lacko et al., 2016)は、療養期間の比較の際に、日数にして0、 1~3、6~10、11~15、16~20、21以上と分類しており、21日以上を一括している。つまり、諸外国では、3週間を超えればすでに「長期離職」と見なすのである。

 自宅療養が1ヵ月を超えて2ヵ月目に入るころから、行動固定化が始まる。行動科学・リハビリ研究では、6〜8週間の不活発状態で生活リズム不整が常態化し、患者役割が内面化して、自分自身を「社員である前に患者」として規定するようになる。3ヵ月を超えて復職率が優位に低下し、再発率が上昇するとしても、その前兆はすでにその前から始まっていたと考えられる。

 したがって、「焦らないで十分休ませれば、それで回復する」という考えは間違いである。一定期間を超えると、自宅療養そのものが、反転してリスク因子に変わる。したがって、「休ませるか戻すか」ではなく、「いつから戻すか」が最重要課題となる。

世界は「働く能力を失わせないように治療」に

 経済協力開発機構(OECD)は、すでに、精神疾患と就労の問題を、「医療だけ」の問題ではなく、労働政策・社会保障政策・教育政策・企業実務を統合して考えるべきだとしている。

 2015年に政策報告書『健全な心、健全な仕事:メンタルヘルスと仕事におけるエビデンスから実践へ』(Fit mind, fit job: From evidence to practice in mental health and work, 2015)を公刊し、メンタルヘルス問題が失業、休職、生産性低下と結びついており、医療・雇用・福祉を統合した早期介入が必要だと論じている。つまり、「治るまで働かせない」という発想ではなく、「働く能力を失わせないように治療する」という発想への転換である。

 このOECDの提言を具体化するには、「早期からの職場志向型介入」が重要となろう。軽度から中等度のうつ、不安、適応障害、ストレス関連障害に対する職業志向型介入のシステマティックレビュー(Brämberg et al., 2024)では、単なる症状治療だけではなく、職場との接点、業務調整、復職計画を含む介入が重視されている。

 本邦のメンタル療養については、休む患者以上に、休ませる医師が長期化の弊害について無警戒過ぎる傾向にある。メンタル療養は、長期化すると、生活リズム、職業的自己効力感、職場内関係、業務遂行能力、労働市場での信用を失わせる。

 したがって、自宅療養診断書を反復延長する医師は、患者を守っているように見えて、結果的には患者の未来を崩壊させていることになる。医師の責任は、単に「休ませる」ことではなく、「休ませすぎない」ことであるといえる。

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