社会インフラになった通信
浮かび上がる構造的課題
インターネットの普及などとともに、通信は「通話のための技術」から「社会を支えるインフラ」へと大きく変化してきた。1990年代後半には、端末の小型化・低価格化が進み、携帯電話は一部のビジネスパーソンのぜいたく品から一般消費者のもとへ急速に広がった。2008年7月には日本で初めてiPhoneが発売され、常時インターネットにつながる生活が定着した。現在は「超高速・大容量」「超低遅延」「多数同時接続」が特徴の5Gの整備が進む。
その進化を支えてきたのが、全国で進められてきた通信設備の整備だ。通信設備工事の変遷について、KDDIエンジニアリング本部副本部長の佐々木秀則氏はこう説明する。
「約10年前までは、電波が届かない場所に新規に基地局を建てる〝エリア拡大の時代〟だった。その結果、携帯はどこでも使えるようになった。現在は、通信量が増え、〝品質が重視される時代〟である。電波の特性も活かしながら、お客様のニーズの変化に合わせて設備投資を行っていく必要がある」
日本では、電気やガスなどの生活に欠かせないインフラの多くで「総括原価方式」が採用されている。これは、安定供給に必要なすべての費用(設備投資額や保守・運営費など)に、適正な利潤(事業報酬)を上乗せして販売価格(料金)を設定する仕組みだ。
しかし、通信業界は事情が異なる。他社への乗り換えを条件とした「高額キャッシュバック」や端末価格を実質無料とする「0円スマホ」など、利用者獲得に向けた激しい価格競争が繰り広げられてきた。さらに18年、菅義偉官房長官(当時)が「(携帯料金は)4割程度引き下げる余地がある」と発言したことは記憶に新しい。これ以降、第4の移動通信事業者である楽天モバイルの新規参入やahamo(NTTドコモ)、povo(KDDI)、LINEMO(ソフトバンク)など低価格プランの登場により、携帯料金の値下げ競争は一段と加速した。利用者には朗報だが、各社にとって菅官房長官の発言は、〝重荷〟になったことは間違いない。
かつて「経営の神様」とも呼ばれた松下電器産業(現・パナソニック)創業者の松下幸之助は、物資を「生産に次ぐ生産」によって「水のように無尽蔵」に提供し、誰でも入手できる価格で提供することで貧しさからの克服を実現しようと「水道哲学」を説いた。
この価値観は、戦後の復興期から高度経済成長期にかけて大いに称賛された。暮らしが豊かになる、人々の生活水準が向上する――。そんな時代の空気と見事に噛み合っていたからだ。 しかし、社会が成熟した現代において、企業が持続可能な事業を築くという観点から見ても、この構図はもはや成り立ちにくい。
通信業界もまた、積極的な設備投資によるエリア拡大と低価格化を通じて利用者を拡大し、飛躍的な進化を遂げた。結果、通信は人々の生活に欠かせないインフラへと成長した。しかし、スマホが普及した現在、品質向上のため継続的な設備投資が求められる一方で、それが以前のように大幅な利用者増や収益拡大に直結する構造ではなくなりつつある。
価格競争が続く中、設備投資と収益確保の両立は困難だと言わざるを得ない。通信が社会インフラとなった今、新しい構造的課題が浮かび上がっている。
だが、取材を通じて出会った複数の通信事業者は異口同音にこう語った。
「料金を上げるには、それに見合う付加価値、利用者が納得してくれるにはサービスアップが必要だ」と……。
さらに別の業界関係者は「6Gに向けた投資方針はまだ示されていない。示されたとしてもその時に現場が対応できるか心配だ」と先行きへの懸念を示す。

