JR東京駅から特急電車で1時間足らずの場所に天然ガスを身近に感じることができる「ガス田」が存在する。「南関東ガス田」と呼ばれ、実は千葉県を中心に茨城、埼玉、東京、神奈川にまで広がっている。可採埋蔵量は3685億立方メートルにもなる。南関東ガス田の中でも、特に大多喜町から茂原市にかけての一帯は古くから天然ガスの採取が盛んな地域である。
千葉県の天然ガス利用の発祥の地と言われているのが大多喜町で、実録によれば1891(明治24)年、醤油醸造業を営んでいた太田卯八郎が井戸を掘ったところ、泡を含んだ塩水が湧き出てしまった。がっかりしてタバコを投げ捨てたところ、水泡が燃え始めた。これがきっかけで、地域で天然ガスの利用が始まった。家庭用燃料、灯火、精米の動力、繭の乾燥用にも利用された。
企業による天然ガス事業は1931(昭和6)年に始まり、商号を大多喜天然瓦斯として創業した。この会社がK&Oエナジーグループとして現在まで続いている。同グループで天然ガス開発を担う関東天然瓦斯開発・管理部マネージャーの千代秀樹さんが、太平洋戦争中の43年頃の映像を見せてくれた。
「映像を制作しているのは、理化学研究所に関係する会社です。その理研を発展させた人物として知られるのが旧大多喜藩最後の藩主の息子である、大河内正敏です」
日本の工業化の一翼を担った大河内、そのゆかりの地で天然ガスが産出され、それが地域の産業に活用されたというのは、何とも因縁深い。映像ではガラスや真空管の製造のほか、自動車やバスでも天然ガスが使用されているのが紹介されていた。
また、家庭の煮炊き、農家などでも普通に使われている様子もあったが、実は現在でも個人で使っている人もいるそうだ。「鉱業法第7条に、まだ掘採されない鉱物は、鉱業権によるのでなければ、掘採してはならないという規定があります。ただ、例外があり『可燃性天然ガスを営利を目的としないで、単に一家の自用に供するとき』はこの限りでないとされています」(千代さん)。
天然ガスの採取現場に向かった。田植えが終わったばかりの、のどかな田園風景が広がる。そんな一角に、銀色の鉄パイプが設置されている。この「ガス井」から天然ガスが採り出されているのだ。
「南関東ガス田」の天然ガスは、水溶性天然ガスと呼ばれ、地下水にガスが溶け込んだ状態で存在している。これは「かん水」と呼ばれ、太古の海水が地層に閉じ込められたものだ。この「上総層群」は、250万~50万年前に海底に堆積した主に砂岩と泥岩からなる地層だ。
「一般的に石油の探査は大変で、最新の技術を駆使しても難しい事業ですが、この地域での天然ガス探査はそれと比較すると容易です」(同)。

