田部康喜のTV読本

2014年8月20日

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田部康喜 (たべ・こうき)

コラムニスト

福島県会津若松市生まれ。幼少時代から大学卒業まで、仙台市で暮らす。朝日新聞記者、朝日ジャーナル編集部員、論説委員などを経て、ソフトバンク広報室長に就任。社内ベンチャーで電子配信会社を設立、取締役会長。2012年春に独立、シンクタンク代表。2015年10月から東日本国際大学客員教授として地域振興政策を研究、同大・地域振興戦略研究所副所長を兼務。

 アプローチはさまざまな角度からなされた。放射線物理学の星さんは、生存している元漁船員の歯に注目する。細胞は日々生まれ変わるのに対して、歯は変わらずその表面のエナメル層の放射線量から当時の放射線量を推定できるのではないか、というのである。

 血液学の田中さんは、元漁船員の血液の採取から染色体の異常が通常人よりどの程度の水準にあるか、その数値から被爆の状態に迫る。

 統計学の大瀧さんは、実験当時に米国が太平洋各地に設置した放射線量のモニタリング・ポストの記録と、日本漁船の航路記録とを重ね合わせることによって、水爆実験の影響を探る。

 科学者と取材チームが組んで、事実を掘り起こす「調査報道」は、福島第1原発の事故の検証でもNHKは取り組んでいる。

極秘文書で明らかになった不都合な事実

 ワシントンの国立文書館で、チームは極秘文書を発見する。日本の厚生省から外務省を経て、米国の国務省に渡された、水爆による広範な調査リポートである。

 これまで政府が否定してきた、漁船員のからだの被爆線量の記録がそこにはあった。

 ガイガーカウントの数値は最大で500カウント。毎時2.5マイクロシーベルトに相当する。水爆実験の影響は明らかだった。

 広島や長崎の原爆の被害者で現れた、急性の症状が漁船員の問診から、血便などを訴えるひとが出ていた。

 それでも、米国は実験を中止しなかった。

 第五福竜丸が被爆した第1回目の実験から、2カ月半にわたって計6回の実験を行った。

 当時のエネルギー省の幹部は次のように証言する。

 「ソ連の水爆実験が成功していたので、米国にはあせりがあった。核実験の中断をおそれて、日本漁民の不都合な事実はすべて隠された」

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